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週刊エコノミスト Online

怒りや悲しみを表に出せない時代だからこそ、感情をむき出しにして挑む 公開中の映画「狼狽の血 LEVEL2」で暴力団組長を演じる吉田鋼太郎の演技の源泉

2019年に公開され、アカデミー賞12部門で優秀賞を獲得した「狼狽の血」の続編、「狼狽の血 LEVEL2」が公開中だ。暴力団が繰り広げる激しい抗争と、それを追跡する警察の攻防を生々しく描いた今作で、指定暴力団の広島仁正会の会長、綿船陽三役を演じる吉田鋼太郎さんが、作品にかける意気込み、仕事に対する想いを語った。

―― まずは「新型コロナウイルス禍」の影響によるさまざまな制限がある中で、無事に上映を迎えられたことへの率直な感想を聞かせてください。

吉田 コロナ真っ只中の撮影だったこともあり、色々と不安はありましたが、感染者を一人も出すことなく撮影を終えることができました。無事、上映できたのも「奇跡じゃないか」とさえ思えるほどで、すごく嬉しいです。

―― 作品は、平成初期(平成3年、1992年)の広島が舞台です。吉田さんは当時、どのように過ごしていたのでしょうか?

吉田 今から30年前だから…。32歳の時だ。多い時には年間5本くらいの舞台公演があって、もう本当に芝居漬けの毎日でした。

 舞台の仕事ばかりだと、そんなにお金も入ってこなくて…。(芝居一本では)食べられない時期が長かったんですけれども、この頃からようやく(俳優の)仕事でご飯を食べることができるようになりつつあった。芝居をやることや仕事への楽しさを感じ、いただける報酬によって充実した生活を送れるようにもなった。そんな時期だったと思います。

―― 吉田さんは「遅咲き」と言われることが多いと思いますが、そのことをどのように捉えていますか?

吉田 大雑把に言うと、「遅咲き」で「下積み」が長いということになるんだろうけど…。確かに若い頃は、マスメディアにはあまり出ていませんでしたけれど、舞台の仕事を年中やっていたので、僕自身は「遅咲き」だとは思ってないんですよ。

 充実感や楽しさにあふれた、充実した日々を過ごしていたので、「大変だった」とか、「辛かった」という気持ちもまったくなかったですね。お芝居が好きでこの世界に入ったので、目の前にある好きなこと仕事を楽しみながら、毎日を過ごしていたように思います。

―― 「狼狽の血LEVEL2」で暴力団組長の綿船陽三を演じています。現在放送中のドラマ「刑事7人」(テレビ朝日系)では、警視庁捜査班班長の片桐正敏を熱演しています。こうしたさまざまな役柄を、どのように切り替えているのでしょうか。

吉田 意外に思われるかもしれませんが、「切り替え」ってそんなに難しくないんですよ。これまでに出演した作品で培った経験が蓄積されていて、それをフィードバックできているからかもしれませんが、少なくともこれまでに切り替えられずに悩んだり、困ったりしたことはないですね。

 警察官も暴力団の組長も、実はそんなに違いはない(笑)。「とっかかり」やお手本になる前例もたくさんありますし、演じやすい。少なくとも、「ものすごく切り替えが必要な役」ではないような気がします。

―― 綿船陽三を演じる上で、こだわったポイントは?

吉田 綿船さんを「暴力団の組長」というくくりで捉えるより、「綿船さんは、どういう個性の人なのか?」ってことを、台本に書かれている台詞一つ一つを検証し、深く考えながら役作りに取り組むことを重視しました。その方が面白いですし、より個性的な人になるでしょうからね。

―― 時折見せるコミカルな演技も、吉田さんの俳優としての魅力だと思いますが、どのように役作りをしているのでしょうか?

吉田 暴力団と言えども、やっぱり拳銃を突きつけたら怖いでしょうし、死ぬのも嫌だろうし…。スーパーマンではないですからね。

 日頃から「恐怖を感じるシーンで、思いきり怖がるとどうなるか」とか、「どこまで怖がれば、怖がっているように見えるのか」などと考えながら役作りをしているんですが、僕はどちらかと言うと「大袈裟な方向」に行きたいと思っている。

 他人様が見て「そこまでやるの?」というところまでいくと、それがちょっとコミカルに見えたりもするんじゃないかな。特段、意識している訳ではないんですけどね。

―― これまでに“難しさ”を感じた役柄は?

吉田 ハードルが高いかな、と思ったのは、やはり「おっさんずラブ」の黒澤武蔵です。「LGBT」と呼ばれる人の役柄だったこともあり、最初は「どうやって演じたらいいんだろう?」と、手探り状態からのスタートでした。

 ただ、台本に書かれたセリフを誠実にかみ砕いていけば、黒澤の個性を引き出していけるわけです。最終的にたどり着いたのは、「本人になりきるときに、『LGBTかどうか』ということを意識せずに演じればよいのではないか」という結論でした。それまでは、苦労の連続でした。

―― 先ほど「LGBT」について伺いましたが、現在は「多様性」が認められつつある一方で、さまざまな「分断」が垣間見える社会であるように思います。この状況を、どのように見ていますか。

吉田 みんな、色々と批判を浴びたりすることを恐れて、常に気を遣いながら生きている。「あんまり正直なことを言えない」ってこと自体が、本当はおかしいよね(笑)。

「人を誹謗中傷する」というのは、基本的にはやってはいけないことだと思うんですけど……、これまでは狭い範囲で行われていたことが、SNSを通じて大きな範囲に広がっていくような社会に変化しつつある。中には特に理由もなく、主流派に乗りたいというだけで、誹謗中傷を始めるような人もいる。

 何かメッセージを発すると、その途端に何百万人の人を相手に戦わなきゃいけなくなっちゃう世の中なので、昨今はなるべく(SNSなどには)触れずに生きているんですけど…。やっぱり、ストレスが溜まることはありますよね。

 少なくとも、「原因や理由を突き止めないうちから、さまざまな誹謗中傷をする」とかは、自分も含め、みんなが意識してなくしていくべきだと思う。

 そのためには、良識を持って他人と付き合うとか、喜怒哀楽の境界線をはっきりさせていくことが大切なのかもしれませんね。実際は、なかなか難しいんだろうけども…。

―― 社会状況の変化が、俳優の表現に影響を与えることもあるのでしょうか?

吉田 今は大きな声で人を罵ったり、怒りに任せて暴言を吐いたりしてはいけない世の中じゃないですか。分かりやすく言うと、「怒ったり、悲しんだり、苦しんだりするな」という時代に変わりつつあるように感じる。

 だからと言って、「怒り」とか「憤り」のような感情は、忘れてはいけないと思うんですよ。「怖くて見ていられない」といった意見が主流の世の中になってしまうと、映画や舞台も成立しなくなってしまう。そのような社会はとても怖いですし、俳優としても困るんですけど…。僕たちのお客さんにはせめて、スクリーンや舞台の前にいるときだけでも、激しい怒りや悲しみの感情を受け入れてほしいなと思いますね。

―― 共演者とのエピソードも話題になることが多い吉田さんですが、今作の撮影中にはどのようなやりとりがありましたか?

吉田 「狼狽の血」の撮影中に一番長い時間を過ごしたのが、溝口明役を演じた宇梶剛さんでした。宇梶さんはとても話好きな方で、控室で待っている人たちの緊張を和らげたり、「メンバーの結束力を強くしよう」として下さる気遣いもあって、色々な話をしてくれるんですけど…。それこそ、若い頃に暴走族をやっていた時のエピソードとかも自然に話してくれるし…(笑)。素敵な人だなと思いましたね。

―― 役作りの参考になったエピソードもあったのでしょうか?

吉田 山ほどありますね(笑)。一番印象に残っているのが、宇梶さんと友人が味わった「恐怖体験」のエピソードです。

 宇梶さんと友人の2人が、総勢50人ぐらいの人たちを相手に喧嘩し、数的優位をものともせずに倒したら、その倒された人が「本筋の人」を連れてきて…。

 相手側が日本刀を抜きながら、走って向かってきたそうなんですよ。その様子を見ていた宇梶さんの友人は、失禁してしまったとのことで…。宇梶さんは、この時に「恐怖で失禁する人間の姿を始めて見た」という思い出をお話されていましたね。

 残念ながらこの作品では実現に至りませんでしたが、本当は「恐怖のあまり失禁する」という芝居を取り入れたかったんですよね…。

―― これから作品を見る人たちへのメッセージをお願い致します。

吉田 「狼狽の血」のシリーズの1作目を観た時に、「今でもこういう映画をやっていいの?」って思うくらい、すさまじさを感じて…。

 お話をいただいた時には、「桁外れの作品」のバイパスになっていた大上章吾(役所広司)亡き後、前作で弱さが目立った日岡秀一(松坂桃李)が、「果たして大上のようになれるのかな?」と思ったんですよ。ところが、日岡秀一のこれまでとは全然違う姿に、ぶったまげましたね。「なんて奴だ!」と…。松坂桃李にこれをやらせる監督、そしてその期待にきちんと応える松坂桃李もすごいなと感じました。1作目とは比べ物にならない日岡秀一の成長を、ぜひ映画館で見てほしいですね。

取材:白鳥純一

写真:長田慶

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