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小説 高橋是清 第160話 帝都復興計画=板谷敏彦

(前号まで)

 関東大震災が発生、日銀本館に火の手が迫る。日銀総裁から大蔵大臣に就任した井上準之助は、本邦初となるモラトリアムや震災手形など救済策を矢継ぎ早に実施する。

 9月2日、関東大震災の翌日、第2次山本権兵衛内閣は、外務大臣に伊集院彦吉(9月19日)、内務大臣後藤新平、大蔵大臣に井上準之助、陸軍は田中義一、海軍は財部彪、司法大臣に平沼騏一郎(9月6日)、逓信大臣犬養毅、農商務大臣に立憲政友会も誘った田健治郎という布陣でスタートした。

 3日午前零時過ぎ、後藤内務大臣は東京帝国大学農学部教授で日本の「公園の父」と呼ばれる本多静六に電話した。

 後藤新平はこの物語の中だけでも日清戦争後の帰還兵の防疫管理、台湾統治、日露戦争後の満州経営計画と満鉄経営、また鉄道院の総裁としては「官営鉄道標準軌化」で原敬と闘ったようにこれまで実に多彩な仕事に携わっていた。

 これに加えて大正9(1920)年から12年にかけては東京市長も経験しており、震災後の復興ができるのは自分しかおらぬと自負していた。これを機に東京は世界の主要都市に負けぬよう近代化されねばならない。後藤は復旧ではなく復興にこだわった。

後藤新平

「もしもし」

 本多は寝ていたところをいつまでも鳴りやまぬベルに起こされ受話器をとった。受話器の向こうは夜中には似合わぬ後藤の張りのある声だった。

「本多君、今日、閣議があって僕が帝都復興計画をやることになった。ついては計画の原案を君に立ててもらいたいのだ。至急だ」

 深夜に唐突かつ突拍子もない依頼である。本多もカチンときた。

「そりゃご苦労さま。でもそれは僕の専門外だし、僕は政治屋にはならないから、きっぱりお断りだ」

切ろうとしたが、受話器から叫び声が漏れる。

「まて、本多君、僕はコレに関して君が大切な資料を持っていることをちゃんと知っている。この国の危急存亡にかかわる時、変に尻込みするとは何事だ!」

 後藤は自分で話していて次第に興奮して怒鳴り散らす。深夜に電話してきて誠に迷惑な話だ。本多は、きりがないので明日返事すると一言断ってなんとか電話を切った。

 早朝、本多が睡眠不足でうつらうつらしていると、後藤の秘書官が迎えにやってきた。なんて身勝手な奴だと思ったが、後藤は言い出したら後に引かない。仕方がないのでそそくさと準備すると秘書官の車に乗り込んだ。

「早くから申し訳ございません。後藤大臣とは長いお付き合いだそうで、遠慮はいらぬと言われたものですから」

 車中、秘書官が本多に謝る。

 確かに長い付き合いだった。本多が後藤と初めて出会ったのは明治24(1891)年だから32年前のこと、後藤は本多が留学しているミュンヘンに官費留学生としてやってきた。当時本多静六25歳、後藤新平34歳。

 その頃の後藤は医者だったのだが、

「俺は人間の身体ではなく世の中の病気を治す」

 と自分の専門の医学ではなくポリチカルエコノミー(政治経済学)を学ぶのだと、当時から大風呂敷を広げるような人間だった。

 ドイツ語ができないので、本多が恩師の妹さんで語学の先生をしている41歳のドイツ人の未亡人の家を下宿先として紹介すると、1週間もすると男女の仲になって同居を始めたから来いと手紙が届いた。下宿ではなく同居?

「後藤さん、何てことをしてくれるのだ、僕は先生に申し訳がたたないじゃないか」

 と本多が怒ると後藤は平気な顔で、

「僕はちゃんとした下宿人なのだから差し支えないじゃないか、想像はついても誰も男女の仲だとは断言できない。第一、かかる文明国では人が隠していることをあばきたてるような非紳士はいないから問題ないのだよ」

 後藤は昔から厚かましい奴だった。

 車の中で本多が小さく思い出し笑いをすると、秘書官が怪訝(けげん)な顔をした。

「どうかしましたか」

 本多は首を2、3度横に振った。

     *     *     *

 後藤の家に着くと、人が大勢いる。別室へ招かれた。

「君は慎重を期しているようだが、帝都復興のような大きな計画の骨格はアバウトでよいのだ。ただし思い切ってでかいことをやらねばならぬ」

 後藤は相変わらず人を食ったよ…

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