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小説 高橋是清 第161話 国辱国債=板谷敏彦

(前号まで)

 関東大震災の翌日、第2次山本権兵衛内閣が発足した。後藤新平内務大臣は帝都復興院を設立し自ら総裁に就任、国家予算に迫る規模の大胆な復興計画を立案する。

 大正12(1923)年9月、後藤新平内務大臣が震災復興計画策定に駆けずり回っている頃、大蔵大臣の井上準之助は森賢吾財務官を蔵相官邸に呼び出した。

 森は、明治40(1907)年、日露戦争で戦費調達を担った高橋是清の後任、若槻礼次郎の秘書官としてロンドンに駐在し、その後、大正2(1913)年には時の大蔵大臣是清による辞令で海外駐箚(ちゅうさつ)財務官に昇進した。パリ講和会議やジェノヴァ国際会議でも活躍し、永らくロンドンにいたが、大正11年の春になって、一時帰国の形ながらようやく日本へ帰ってきたところだった。

 長い海外生活で家族と共に生活できた時間は限られていた。森は東京に新しい家を建て、失った時間を取り戻すかのように子供たちの養育に努めた。

 ところがその翌年、つまり関東大震災が起きたこの大正12年の春、ふみ子夫人を病気で失った。森はもう48歳、海外勤務は御免被りたいと考えていた。そこに井上からの呼び出しである。

森賢吾財務官

「大蔵省も焼け落ちて、復興予算もいまだ決まらない。こんな状況だが、我が国には外債発行が必要なことだけは確かだ。君には申し訳ないが至急米英に向かってもらいたい」

 森は断るつもりだった。だが大蔵省には事務を執る建物もなく、蔵相官邸の庭にはテントが張られ、連日玄米握り飯にタクアンで皆しのいでいる。

 森は目前に広がる首都東京の惨憺(さんたん)たる状況を見て、日本のためにもう一度海外に赴任する決意をした。

「わかりました。そこで一つお願いがあります」

 森は井上大臣に特に要望して、大臣秘書官の津島寿一の同行を許してもらった。今般の公債発行は厳しい仕事になる。どうしても優秀なサポートが必要だったのだ。津島は森を敬愛している。森の家と同じ敷地内に新邸を建てたばかりだった。

 大正の天佑(てんゆう)、第一次世界大戦の輸出ブームによって大正9年には13億4300万円にまで積み上がった日本の在外正貨は、それ以降は出るばかりとなり、この時期は5億5000万円までに減っていた。そしてさらに減るであろう。

 加うるに日露戦争中に是清が発行した4・5%債(1905年3月および7月発行)6億円のうち未償還3億5000万円の期日が大正14年1月に迫っており、復興資金と外債償還資金両方の外債発行が急務だったのだ。

 津島は是清の屋敷を出張のあいさつに訪ねた。

 外債発行は是清の大得意の分野である。津島に対してひとくさり日露戦争での体験を語り、ヤコブ・シフとの友情について話した。

「クーン・ローブ商会は日本の恩人であり、切っても切れぬ縁故関係がある。国家も個人と同様、信義を重んじなければならぬ」

 津島はこうした話をこれまでも何度も聞かされていた。

「今度の外債は同商会が引受発行するようにすべきだ。このことは森にもよく話しておいてもらいたい」

 是清は念を押した。

 欧州大戦によって国際金融業界の地図は是清の頃とは大きく変わっていた。すでにロンドン市場はその力を失いつつあり、大型の案件はニューヨーク市場に移っていた。

 またシフのドイツ系ユダヤ人のクーン・ローブ商会は、欧州大戦ではドイツと敵対する連合国向けのファイナンスにも出遅れ、同商会は市場での影響力をすっかり落としていたのだった。

 森はこういうこともあろうかと、あえて是清を訪問しなかったが、津島からその話を聞かされて表情を曇らせたのであった。

 是清の当時、英国は絶頂で国際金融市場には資金があふれ低金利の状況が続いていた。

 だが今回は欧州戦後の世界的不況、金利も高い。ファイナンスだけでも大変なのに、クーン・ローブ商会に義理を通せるのか自信がなかった。

 こうしてニューヨークへと渡った森と津島、震災復興債の交渉は年が明けた大正13(1924)年の1月から始まる。後述するが第2次山本権兵衛政権は長くは続かず、ファイナンスは後継の清浦奎吾内閣、勝田主計蔵相の下で進められた。

 森…

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