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週刊エコノミスト Online 上場の呪い

コロナ禍で急増する非上場化、投資ファンドは虎視眈々

 コロナ禍による社会の変化は、企業経営者にも待った無しの状況をもたらした。テレワークや外出制限、買い物や取引のデジタル化が一挙に進み、コロナ前に計画していた多額の投資計画や経営方針は、多くが見直しを余儀なくされた。企業を存続させるために大胆な転換が迫られる中、経営陣が株式上場をやめて非上場化するケースが増えている。>>特集「上場の呪い」はこちらから

非上場化は事業立て直しを迅速に進めるのが主な狙いだ。同時に、上場企業として不可避な株主とのやり取りや、上場を維持するのにかかるコストなど事業面でのマイナス要素を抑制する狙いがある。

 最近、非上場化の手段として増えているのが、経営陣が株式を他の株主から買い取るMBO(マネージメント・バイ・アウト:経営陣による自社買収)だ。M&A(企業の合併・買収)助言会社、レコフによると、2021年1~9月の日本の上場企業のMBOは62件に達した(図)。すでに20年の54件、19年の39件を大きく上回っている。三菱UFJリサーチ&コンサルティングのコーポレートアドバイザリー部プリンシパルの黒田裕司氏は「コロナで業績が悪化したり先行きが不透明になってくると、株主を気にせず思い切った経営をするため非上場化しようとする企業が増えてくる可能性がある」と分析する。

 MBOの仕組みはこうだ。上場企業の経営陣といえども、自己資金だけで買収できる人はほとんどいない。そこで買収する自社の資産を担保にして、金融機関や投資ファンドから資金を調達して株式を買う。具体的には経営陣と金融機関、投資ファンドがMBOを行う新会社を設立し、その会社が既存の株主から株式を買い取り、最終的に非上場化する。

 会社に出資をする人と経営する人が同一になるため、経営者の意向を反映させやすいというメリットがある。もちろんMBOに協力した金融機関や投資ファンドの意向は配慮せざるを得ないが、そもそも同じ目標を事前に共有しているので、不特定多数の株主相手よりも意思の疎通が図りやすい。短期的な利益を重視する株主との摩擦も減る。

経営の自由度を手に入れる

 直近では、臨床試験支援大手のEPSホールディングスが、9月に東証1部上場からMBOを経て非上場となった。同社はMBOに際し、「大胆な投資及び戦略転換を通じた現有基盤事業の再構築」を掲げた。そのための多額の先行投資が収益を圧迫する可能性があり、株価への影響が予想されるため、「資本市場から十分な評価が得られない可能性もありえる」と非上場化を選んだ理由を説明している。

 EPSは、現社長が継続して経営を担えない場合は「経営陣と株主の間で事業運営方針に相違が生じることで、柔軟かつ機動的な経営判断が出来ない可能性があるため」、他社による買収などは「非公開化の手法として望ましくないと考えている」と説明している。

 総合インテリア製造・販売のオリバーもMBOを経て9月に東証1部から上場廃止となった。国内ファンド大手のインテグラと組んだ。国内家具市場の縮小など厳しい事業環境下での事業構造改革を行う過程で、株主に対して「短期的に株価の下落といった不利益を与える恐れがある」と説明している。

 土木・建設機械レンタルのニッパンレンタルの場合は、7月にジャスダック市場から上場廃止となった。これまでは株価の下落といった悪影響を回避するために「保守的な戦略を取ってきた」とし、中長期的に競争力・収益力を高めるためには「株式を非公開化することが有効」との見方を示した。非公開化のための資金の出し手は、みずほ銀行と群馬銀行からの上限76億円の借入れとファンドによる出資だ。

 一方、経営再建中の東芝は、経営陣との対立が続いていた一部株主との関係解消を狙い、車谷暢昭社長(当時)が東芝入り前に日本法人会長を務めていた投資ファンドCVCによる買収と非上場化を検討したものの、社内や他の株主から反対され、4月に「CVCから検討を中断するとの内容の書面を受け取った」と発表し、事実上の失敗となった。買収額は約2兆円とされていた。

意欲的な投資ファンド

 MBOを進める際、株主から株式を購入するためには多額の資金が必要になる。資金調達の手段として、投資ファンドの存在感が増している。投資会社、ノースビレッジ・インベストメント(東京都港区)の北村元哉社長は「コロナで外科手術のような経営見直しをする企業が増えている環境下で、MBOに対する投資ファンドの関心は高い」と話す。金融緩和によるカネ余りで投資ファンドはMBO市場の拡大に狙いをつけている。

 加えて、長く続く金融緩和は上場のメリットも薄くしている。黒田氏は「低金利が長期化し、銀行借り入れなど企業にとって株式上場以外の資金調達がしやすくなっている。そういった面で、あえて上場するのかという考えになってもおかしくない」と語る。

 EPSは、低金利の環境では借り入れや社債の金利が低く抑えられるため、「増資による資金調達の必要性は高くない」との見解を示し、さらに事業活動を通じてブランド力を維持する部分がより大きいくなっている」と説明し、上場が知名度アップにつながる役割は薄れているため、「上場を維持することの意義を見いだしにくい状況」としている。

敵対的買収との違い

 企業の非上場化のやり方には、MBOのほか、第三者によるM&AであるTOB(株式公開買い付け)もある。MBOもTOBも株式を取得して経営権を握る、という点では共通している。しかし、株式の取得をする人がMBOの場合はその会社の経営者、TOBは外部の人間という点で大きく異なる。さらに、TOBには「友好的」と「敵対的」の2種類がある。友好的TOBは双方の合意がある状態に対し、敵対的TOBは合意がなく、一方的に買収を仕掛けて株式の大量取得を目指す。この場合は買収対象となった企業が買収防衛策で対抗し、金融機関や他の株主など第三者も巻き込んだ熾烈な戦いになるケースもある。

 敵対的TOBでは06年に王子製紙(現王子ホールディングス)が北越製紙(現北越紀州製紙)に仕掛けて失敗した。現在でも、銀行業界初の敵対的TOBとして、SBIホールディングスから提案された新生銀行は強く反対し、対立の姿勢が高まっている。

 リーマン・ショックやコロナ禍など、業績の悪化で一時的に株価が下落すると、MBO、TOBは相対的に割安になる。しかし、業績悪化と株価下落が今後も続くか、一過性のものなのかの判断は重要だ。企業に買収の価値があるかどうか、黒田氏は「業績が悪化している企業でも、今後成長戦略を描けるかどうかなどがポイントだ」と話した。

 M&Aコンサルタントの一人は、日本企業の構造改革の遅れがMBOの拡大という形で表れていると指摘し、「日本企業は多くの分野で事業の競争力が弱くなっている。早急に事業の中身を変えなくてはならないのに、上場していると変えにくい、という状況で非上場化を選ぶ会社が出てきている。それをコロナ禍が後押ししている」と分析する。

(桑子かつ代=編集部)

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