マーケット・金融 東証再編
「プライム市場の基準引き上げもありうる」山道裕巳・東証社長インタビュー
INTERVIEW1 再編の狙いに迫る 山道裕己 東京証券取引所社長
「3年後には『経過措置』の方向性 プライム基準の引き上げもありうる」
東証再編、TOPIX改革の狙いについて、東京証券取引所の山道裕己社長に聞いた。
(聞き手=稲留正英/中園敦二・編集部)
── なぜ今、市場再編とTOPIX改革を?
■今年6月に改定したコーポレートガバナンス・コード(CGコード=企業統治の指針)を含め、三位一体でやることにした。市場再編は来年4月、TOPIX改革は2025年1月で完了する。市場区分は13年に東京証券取引所と大阪証券取引所が経営統合し、現物市場も合わせて五つとなった。それぞれの市場の特性が分かりにくいという声もあったが、再編を一気にやってしまうと市場参加者にコスト負担をかけてしまう。このため、3年に1度改定しているCGコードに合わせるタイミングとなった。
市場運営者としての立場では、現状は東証と大証が単純に合わさったような市場区分で、上場企業に持続的な成長について動機付けするようになっていなかった。東証1部上場が「ゴール」ではなく、それからさらに中長期的な企業価値向上を目指してもらう形にしないと、マーケットとしての魅力もなくなってしまうのではという危機感があった。
── 既存の東証1部企業の中には「プライム」以外の市場になるのは“都落ち”という意識があるようだ。
■従来は東証1部、2部と縦に並ぶイメージだったが、これからは「プライム」「スタンダード」「グロース」の横並びとなる。「落ちる」とか「ステップアップする」ということではない。各企業が事業規模、成長戦略、事業戦略に合った市場で企業価値の向上を目指してもらう。今後、我々がやらなければいけないのは、例えば、スタンダード市場の魅力を向上するような取り組みだ。
「プライム」の基準に達していないが残りたいという企業は「経過措置」によって残ることも可能なので、基準に満たない部分をどのように改善するか、社内で真剣に検討してもらい、その改善計画書を公表してマーケット全体にコミット(約束)してもらいたい。
「プライムにこだわらず、スタンダードで」という選択も十分、立派な判断だ。自社でどの市場を選ぶのか、主体的に考えてもらいたい。
誘致合戦で1部膨張
── 経過措置については終了時期が定められておらず、市場参加者からは批判も多い。
■経過措置を何年続けるかを明らかにしていないが、現時点でどのくらいの企業がどのような選択をするか分からないし、改善計画が出されても一朝一夕にできるわけではないだろう。ある一定期間見守らないといけない。
経過措置は「永遠」ではなくて「時限」だ。10年も20年も経過措置を続けることはあり得ない。3年後のCGコード改定時期には、経過措置について何らかの方向性を出すのではないか。
── そもそもなぜ東証1部が約2200銘柄に拡大したのか。
■東証と大証がライバルとしてIPO(新規株式公開)の誘致合戦をしていたころの名残ともいえる。当時は東証2部とマザーズから東証1部へ移行できたのは時価総額40億円の銘柄で、大証のジャスダックからだと時価総額が250億円だったため、「東証に来た方が東証1部に上がりやすい」というセールストークを使っていた部分は確かにあると思う。
それが、「プライム」の基準を満たしていない企業が664社ある遠因になっている(東証が今年7月に社数を公表)。
── だから経過措置を導入したと?
■「罪滅ぼしか」といわれたら、それは違う。市場を運営する我々が、上場企業にモチベーションを持ってもらい続ける形にしていなかった。東証1部上場企業に今回の再編の意図と目指す方向性について納得してもらうため、ある程度の時間を置かないといけない。
── 上場基準自体も、CGコード改定と一緒に見直すのか。
■「35%以上」としているプライムの流通株式比率の基準について、投資家から「35%で打ち止めではないですよね」という声が私の耳にも入ってくる。まったく議論はしていないことだが、例えば、流通株式比率の基準を「45%」、「100億円以上」としている流通株式時価総額を「200億円以上」とするなど、バーを上げることはありうる。
── TOPIX改革の狙いは?
■今のTOPIXの構成銘柄には、東証1部上場銘柄が自動的に入っている。その結果、流動性が十分でないにもかかわらずTOPIXに入っている銘柄がかなりある。TOPIXに連動する運用資産は今、約70兆円あるが、流動性の低い銘柄があると、正確に指数を追えなくなる。
そこで、TOPIXとプライム市場は切り離したうえで、経過措置によってプライム市場に残っていた銘柄も、流通株式時価総額が100億円に達していなければ、徐々に(構成のウエートを)減らすことにした。
TOPIXは市場(全体の値動き)を代表しているが、投資対象としての機能性、利便性に欠けており、今回の措置でそれを補おうとしている。
TOPIXの議論も継続
── TOPIX改革に、25年まで3年かけるのは長すぎるとの声がある。
■05年にTOPIXの算出方法を変更した際の移行期間は1年だったが、今回は連動する運用資産の額が(当時とは)比較にならないくらい多い。金融審議会の答申にも「マーケットに過度のインパクトを与えないよう十分配慮すべきだ」とあり、移行期間を十分に取るように求める文言もある。流通株式時価総額が100億円に満たない銘柄について、10%ずつ、10回に分けて組み入れを引き下げるのは「慎重すぎる」との意見もあるだろうが、しっかりと経過を見ながらやっていかなければならない。
── 将来的には、スタンダードやグロース市場の銘柄からもTOPIXに採用されるのか。
■可能性としてありうる。ただ、CGコードの中に、社外役員数やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などプライム市場ならではの高い基準があり、それをどう担保するのかという調整は必要になってくる。財務の数字だけで(TOPIXに)入れていいのか、といった点も含めて議論をしなければならない。東証が株価指数の原案を公表して利用者の意見を募ることになるので、25年よりもっと手前(のタイミング)でさまざまな考え方を我々が提示したい。
── 来年4月には新指数も算出を開始する。
■TOPIXは1969年の算出開始以来、50年以上続いている。TOPIXに連動する運用資産残高が70兆円あるし、指数の継続性の問題もあるため、これを大胆に変えることは考えにくい。我々としては、構成銘柄を500に絞り込んだり、環境(に配慮した経営方針の銘柄)に絡んだりする新しい指数が育ってくれればいいと思っている。
── 今回の市場再編やTOPIX改革で世界の市場に勝てるのか。
■海外投資家とも話しているが、少なくとも競争力が増す方に向かっている。ただ、これで終わりではない。
■人物略歴
やまじ ひろみ
京都大学法学部卒業、米ペンシルベニア大学ウォートン校で経営学修士(MBA)取得。1977年に野村証券(現野村ホールディングス)に入社。取締役常務、専務執行役などを経て、2013年から大阪取引所社長兼日本取引所グループの取締役に就任。20年に日本取引所グループCOO(最高執行責任者)。21年4月から東京証券取引所社長を兼務。