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ドルの次はデジタル基軸通貨 IMFが世界の中央銀行になる日=吉國眞一

ケインズの思想がドルを揺るがす Bloomberg
ケインズの思想がドルを揺るがす Bloomberg

 2021年8月、国際金融の世界史を書き換えるポテンシャルを持つ動きがあった。各国が準備資産として積み上げるIMF(国際通貨基金)の特別引き出し権(SDR)が新規配分されたのだ。この結果、SDRはドル、ユーロに次ぐ国際的な準備資産となった。

 きっかけは新型コロナウイルスによる世界経済危機だ。8月23日、IMFのゲオルギエバ専務理事は「本日、史上最大となる約6500億ドルのSDR配分が発効します。この配分は、世界にとって強力なカンフル剤となる」という声明を発表した。

 くしくも50年前の8月は、米ニクソン大統領が金・ドル兌換(だかん)停止を宣言した「ニクソン・ショック」という戦後史の大きな転換点だった。今回のSDR配分もドルを基軸通貨とする通貨体制の転換点になる可能性を秘めている。カギはデジタル通貨だ。

始まりはケインズ

 SDRとは、加盟国の準備資産を補完するためにIMFが配分している国際準備資産だ。ただし、政府間の引き出し権で「通貨」ではない。その原点は、戦後の国際金融体制を決定した1944年のブレトンウッズ会議で英代表のケインズ卿(きょう)が主張した世界通貨「バンコール」だ。各国が国際機関に共通口座を作り、金とリンクしたバンコールという基軸通貨を創成し、各国間の貿易決済に利用し、収支の黒字・赤字国に公平な経済調整の負担を負わせる狙いがあった。

 ところが採択されたのは、金とリンクしたドルが基軸通貨となる「金ドル本位制」だった。米国の圧倒的な経済力を背景に、理想主義的な「世界通貨」の提案は封印された。

 その後米国の経済力が低下していく中で「ブレトンウッズ体制」の問題点が徐々に表れた。世界経済が順調に拡大するには、基軸通貨ドルが世界に供給されていく必要がある。それには米国が国際収支の赤字を出し続けなければならず、ドルに対する信認が低下するいわゆる「トリフィンのジレンマ」が生じた。

 つまり「ドルと金のリンクが持続不可能になるのではないか」という懸念から69年に誕生したのがSDRだった。発足当時は世界全体の外貨準備の7%程度。将来はドルに代わる主要な準備資産になると期待されたが、73年のドル変動相場制への移行に至る過程でSDRを巡る環境は激変。為替相場が民間市場での需給で自由に決定されるなら、公的当局が準備資産を持つ必要がなくなるからだ。

 以後SDRはほとんど新規配分が行われず、シェアも1%以下に減少。ドルの変動相場制で公的準備資産への需要が消滅するという予想とは逆に、通貨安による輸出主導型の成長などを狙いに、多くの国が為替介入で米国債を買い続け、自国通貨の相場を操作し続けた。特に日本などアジアはドルを支え、結果的に米ドルは基軸通貨としての地位を保持した。

 金の裏付けのないドル体制は為替相場の乱高下をもたらし、経済のグローバル化や資本移動の自由化で途上国への膨大なドル資本流入をもたらし、中南米やアジアの金融・通貨危機を頻発させた。それが頂点に達したのが08年のリーマン・ショックだ。

 しかし、リーマン・ショックを奇貨としてSDRが息を吹き返す。中国人民銀行の周小川総裁(当時)がドルに依存した国際通貨体制の問題を厳しく指摘し、「SDR基軸通貨構想」を打ち出したのだ。構想は主要国の賛同を得られなかったが、先進国発の金融危機に対する途上国の不満から、当時としては巨額の2500億ドル相当のSDR新規配分に結びついた。そして21年8月はコロナによる経済危機で6500億ドルの新規配分が行われた。この配分でSDRの残高は約9400億ドルとなり、ドル、ユーロに次ぐ世界で3番目の公的準備資産となった。

お墨付きの暗号資産

 いま公的当局間のみで取引されるSDRを、より通貨に近いものに進化させようというアイデアが生まれている。「デジタルSDR」だ。ここ数年、ビットコインなどのデジタル通貨が国際通貨制度や通貨主権の視点から各国通貨当局の大きな問題となってきた。通貨主権を持つ各国の中央銀行が、対抗手段として構想しているのが中央銀行デジタル通貨(CBDC)の構想だ。

 そしてこのSDRをデジタル化し、CBDCのハブ通貨にする構想がオカンポ・米コロンビア大教授(元コロンビア財相)などから提唱されている。そうなればSDRは190の主権国家が加盟する公的機関のお墨付きを得たステーブルコイン(暗号資産)になる。

 実は、ブレトンウッズ会議でケインズが目指していたのはまさしく特定国の通貨を介在させない国際決済システムだった。77年の時を経て国際通貨構想は当初の理想に立ち返ろうとしている。

 ただ、基軸通貨ドルの価値を支え続けた米連邦準備制度理事会(FRB)を頂点とする米国の金融機関ネットワークは、ドル保有者に1日数兆ドルの金融取引を滞りなく完結させる決済システムと、圧倒的な厚みと流動性のある米国債市場を提供し続けている。懐の深い米国債市場とグローバル決済システムが、一朝一夕でSDRに代替できるわけではない。デジタル化がどこまでそのハードルを下げられるかは今後のイノベーション次第だ。

 一方で、財源不足にあえぐ新興国の救済策にSDRは強力なカードになる。IMFの出資額に比例して配分されるSDRを途上国に特別配分したり、先進国から途上国に貸し付ける案だ。

 先進国の政府は、一見追加の負担なしに膨大な資金を途上国に提供できる。例えば1人当たりGDPに最低レベルを設定し、達成できない国に未達額のSDRを配分すれば、国家レベルのベーシックインカムが実現する。

 もちろん、SDRは「打ち出の小づち」ではない。長期的にみれば途上国での生産性上昇がない限り、先進国からの一方的な資源移転になる。深刻なモラルハザードを引き起こし、際限のない流動性の供給でハイパーインフレにつながる懸念もある。いわば世界規模でのヘリコプターマネーである。IMFがデジタル通貨の国際中央銀行になる「基軸通貨2・0」の実現には、多くのハードルがある。

(吉國眞一・カーボンニュートラル推進協議会理事)

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