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香港・立法会選挙で民主派を排除した、“方便”から“怪情報”流布までのあの手この手=ふるまい よしこ

香港・立法会議員選挙の開票所。投票率は過去最低だった…… Bloomberg
香港・立法会議員選挙の開票所。投票率は過去最低だった…… Bloomberg

中国・香港当局は民主派を排除するため、陰に陽にさまざまな手段を駆使していた。その全貌を今、振り返る。

 1月12日に開会した香港の最高議決機関、立法会。昨年12月19日に行われた議員選挙は、投票率が30・2%と過去最低に終わった。立法会選挙の翌日、中国政府はまだ全開票結果が出そろう前にもかかわらず、“待っていた”とばかりに「『1国2制度』下の香港における民主発展」と名付けた白書を発表し、「今回の立法会選挙は香港の新たな民主実践の空気を示した」と称賛した。

 その後、確定した当選者は定数90議席のうち「建制派」と呼ばれるいわゆる親中派が89議席を占め、「非建制派」はわずか1議席だけだった。今振り返ると、中国政府と香港当局者は昨年初頭からすでにこの選挙に照準を合わせ、“民主派封じ”のために一歩一歩策を講じてきた。その「根拠」とされたのが、中国共産党批判などを違法とする2020年6月末施行の国家安全維持法(国安法)である。

 政府はまず、当初は20年9月に予定されていた立法会選挙を、「新型コロナウイルスの感染拡大防止」を理由に延期を決めた。実はその直前には民主派が立法会議員の候補者絞り込みのための予備選挙を実施し、主催者の予想を大きく超える60万人あまりの市民が投票に参加したことに沸き立っていた。そんな立法会選挙の突然の延期に、政治的な意図を問われた林鄭月娥行政長官はきっぱりと「他のことは考えていない。あくまでも感染対策だ」と言い切った。

ありえない「推薦」

 だが、その後の経過を見れば、それは完全に表向きの方便だった。というのも、警察当局は昨年1月初めに突然、予備選挙の主催者と参加した立候補予定者ら55人を急襲し、国安法違反の容疑で一斉に逮捕したのである。予備選挙で過半数議席奪取を目指したことが「国家政権転覆共謀罪」に当たるという。逮捕者のうち47人が起訴され、うち36人はいまだ拘束中である。最も市民に期待された候補がほぼ全員、立候補どころか自由すらも奪われた状態に置かれている中で、今回の立法会選挙が決行されたのだった。

 また、昨年3月に行われた選挙制度の改定も市民の選挙への意欲を大きく削るものだった。立法会定数を70から90へと増やしたうえで、447万人の有権者が直接選出できる議席は35から20に減らされた。さらに、市民が長らく廃止を求めてきた功能別(業界団体・産業界)選出枠の議席も35から30と減ったものの、改めて産業界などから選ばれる「選挙委員会」(1500人)が40議席を選出する枠組みが新たに設けられた。

 この選挙制度では、立法会議員に立候補するには、選挙委員会を構成する五つのグループ(各300人)から、それぞれ最低2人の推薦を取り付けることが義務付けられた。ただ、特に中国・全国人民代表大会(国会に相当)や政治協商会議の香港代表らからなる「第5グループ」から推薦を取り付けるには、中国政府が気に入った人物である必要がある。民主派にとってありえない選択であり、既存政党は出馬を拒絶した。

 真偽不明の情報も民主派陣営を大きく動揺させた。香港政府は昨年5月、公務員などに義務付けた忠誠宣誓を、19年の区議会議員選挙で当選した議員にも拡大することを決定したが、宣誓はなぜか遅々として進まなかった。一方で、7月に突然、「もし宣誓が受け入れられずに罷免された場合、就任以降の報酬と手当の全額を返納しなければならない」という怪情報が一部メディアで繰り返し流れ始めた。もし返納するとなると、その総額は日本円にして約2000万円にもなる。「個人破産は必至だ」と区議会議員たちに動揺が走った。

 しかし、香港政府がうわさの真偽を明らかにしなかったために多くの議員は疑心暗鬼に陥った。その結果、香港18選挙区の区議会議員479人のうち、なんと200人を超える民主派議員が2週間のうちに辞職する事態となった。最終的に、9月に実施された宣誓では、さらに49人の民主派議員が宣誓無効と判定されて議員資格を失った上、今後5年間の参政権を剥奪された。

 香港で19年、逃亡犯条例の改正案をきっかけに発生したデモは、市民に「政治を変えていかなければ」という意識をもたらした。その結果、同年11月に行われた区議会議員選挙では、民主派が前代未聞の80%超もの議席を獲得して圧勝した。そうした民主派の区議会議員には「デモ・チルドレン」とも呼べる若い政治家も多く含まれていたが、宣誓無効によってほぼ参政への道は断たれてしまった。結局、報酬などの全額返納請求は行われることはなく、この怪情報は政府筋と親中派が仕組んだ“民主派駆逐策”だったと見られている。

「無料乗車デー」の混雑

 また、昨夏には香港最大の教職員会員を擁していた教職員組合「香港教育専業人員協会」(教協)や労働組合連盟「香港職工会連盟」(職工盟)などが、親中紙などに激しく攻撃されて解散に追い込まれた。これらの団体は産業界選出議員枠における民主派の票田であり、昨年は少なくとも59の民主派団体が解散したとされている。

 しかし、香港市民はするりと柔軟にその締め付けをかわし、無言の“非協力”を続けている。それが端的に表れたのが立法会選挙での投票率の低さであり、投じられた白票や無効票も過去最高の2・7万票にのぼっている。皮肉にも政府の働きかけで「無料乗車デー」となった投票日は、バスや電車は通勤ラッシュ並みの混雑となっていた。

 香港郊外にあるディズニーランドには、常連客が「こんなに人が詰めかけているのを見るのは初めて」と驚くほどの人たちが訪れ、メディアのカメラに「たくさん乗って遠くに出かけてたっぷり楽しまなくちゃ。投票? 忙しくてそんなヒマなーい!」と笑ってみせた。つまり、市民は行動によって選挙に「ノー」を突き付けたのであった。

ふるまい よしこ(フリーランスライター)

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