週刊エコノミスト Online デジタル証券
投資の新しい仕組み「デジタル証券」 不動産をアプリで買える時代 金融機関が続々参入
202X年、東京都心の一等地、大手町のオフィスビルで働く社員Aさんは、仕事のちょっとした合間に、自社が入居するそのビルを投資用に数万円程度、小口で購入する。煩わしい金融機関の手続きや手数料はほとんどなく、スマートフォンのアプリで購入できる--。
こんな未来が目前に迫っている。鍵を握るのは、ブロックチェーン技術を利用した「デジタル証券(=セキュリティトークン、下記参照)」という仕組みだ。これを活用すれば、投資や売買に手間がかかる資産、例えばオフィスビル1棟を一つの金融商品としてとらえ、所有権を小口化して投資家に販売しやすくなる。売買にはデジタル通貨を活用し、決済口座「ウォレット」を用いれば、市場で売買することができる。
デジタル証券は、すでにシンガポールや米国など海外で取引や市場の整備などが一部先行しているが、日本でも2020年5月1日の金融商品取引法及び関連する政令の改正施行により「電子記録移転有価証券表示権利等」としてセキュリティトークンが規定され、法令に準拠した取扱いが可能となり、昨年から投資家向けの商品化が相次いでいる。
まず、SBI証券は21年4月にデジタル型の社債を発行した。10万円からの購入が可能で、保有額に応じて暗号資産(仮想通貨)を付与するという特典を付けた。
不動産資産運用のケネディクスは21年7月、野村証券とSBI証券と協業して、都内のマンションを裏付け資産としたデジタル証券を公募発行した。さらに、22年4月には、大和証券とSMBC日興証券と協業して、学生向け賃貸住宅を裏付け資産としてセキュリティトークンを公募発行する予定であることを公表した(>>インタビューはこちら)。
また、21年11月には、総合不動産のトーセイが国内複合ビルを裏付けとしたデジタル証券をシンガポールのデジタル証券取引所に上場したと発表した。三井物産デジタル・アセットマネジメントも同月、倉庫など物流施設を裏付け資産としたデジタル証券を発行。22年にはデジタル証券による社債の発行も計画されている(>>インタビューはこちら)。
SBIなどが私設取引所を開設
こうしたデジタル証券関連の発行は今後さらに活発化するとみて、21年4月にSBIホールディングスと三井住友フィナンシャルグループは共同で私設取引所の運営会社である「大阪デジタルエクスチェンジ」を設立した。23年にデジタル証券の取り扱い開始を目指している。野村ホールディングス、大和証券グループ本社などが資本参加している。
また、デジタル証券の発行と取引に使うブロックチェーンの仕組みも、大手金融機関やフィンテック(金融技術)企業を中心に、プラットフォームの構築が進められ、複数が競い合っている。(図)
21年6月にはブロックチェーンを基盤とした金融プラットフォームを開発するブーストリー(東京都千代田区)が、同社の仕組み「ibet(アイベット)」を普及させようと「ibet for Fin コンソーシアム」を設立した。ブーストリーは、野村証券、野村総合研究所、SBIホールディングスが出資している。
大手銀行では、三菱UFJ信託銀行が同様のプラットフォーム「Progmat(プログマ)」を開発し、仕様を公開して普及を図っている。
10年後には市場様変わり
既存の金融商品取引の仕組みがブロックチェーンに適切に置き換われば、今後の大きなビジネス変革につながる可能性がある。既存の有価証券の取引を支える証券会社、証券取引所、証券保管振替機構、日銀ネットなどが、それぞれの会社・機関が有する機能はそのまま維持されつつ、介在しない仕組みが可能となり、有価証券の発行、管理、流通のコストが適正化され、低下が見込める。それにより、これまでにない小口化と流動化が可能となり、セキュリティトークンがあらゆる資産へ適用されていくこととなろう。
順調に上記コストが低減すればば、これらの仕組みは今後10年程度で整備され、海外市場も含めたグローバルな取り引きも可能になっていくと考えられる。
(内野逸勢・大和総研金融調査部主席研究員)
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「デジタル証券」って何?
ブロックチェーン(分散型台帳技術)で管理され、電子的に発行された有価証券のこと。英語でセキュリティートークン(ST)と呼ぶ。セキュリティーは「証券」、トークンは「しるし」「引換券」などを意味し、証券の内容や投資家の権利がトークンに記され、デジタル証券の発行単位となる。
株、債券、Jリート(不動産投資信託)など既存の有価証券が、発行、販売、管理などに多くの手続き、手間、仕組みを必要とするのに対し、デジタル証券は、これらを簡素化してコストを抑え、改ざんもしにくく、金融商品を小口化しやすいといった特徴がある。
技術の中心にあるのは、複数のコンピューターで分散してデータを記録する分散型台帳技術の仕組み、ブロックチェーンである。「誰が、いつ、どんな情報」を取り引きしたのか、分散して管理し、それぞれのコンピューターが対等な立場で読み出すことを可能とする。データを一括管理する大型コンピューターが不要となり、システムのコストを最適化できると言われている。
また、デジタル証券を売買するには、「ウォレット」と呼ばれる電子決済口座を使う。「台帳」への記録とその検証のために必要な「電子鍵」を管理する。誰でも自由にアクセスできるブロックチェーン(パブリックチェーン)を安全に利用するめに必要となる。このような仕組みにより、改ざん検出が容易なデータ構造を実現し、透明性や検証性を担保している。