ウクライナ問題は「隣の火事」 デフレに染まりきった日本を待ち受けるインフレの本当の恐怖
ロシアがウクライナに対して全面的に軍事侵攻を開始、各種報道によるとキエフ陥落は時間の問題とされている。
今後は経済制裁によってロシア軍の撤兵を促すことができるかどうかが焦点であるが、不退転の決意で戦争を開始したプーチン大統領が、現時点で表明されている程度の内容の制裁で撤兵するとは考えにくい。しかしながら西側諸国は、中国・台湾問題の今後の展開を踏まえると、武力による現状変更をここで容認する訳にはいかない。恐らく、消費国への影響という大きなリスクをとってでも、ロシア経済の屋台骨である資源輸出に対する制限に踏み切ることになるのではないか。
この場合、原油やガス、小麦といった生活必需品のほか、電気自動車のバッテリーに用いられるニッケル、半導体のメッキや自動車の排ガス触媒に用いられるパラジウムといった資源が対象になる。
軍事侵攻が始まった24日には、原油価格の国際指標となるニューヨーク原油市場のWTI先物、北海ブレントの先物相場がいずれも7年半ぶりに、一時1バレル=100ドル台まで上昇。その他の商品も供給減少リスクを意識して買いが優勢となり、価格が上昇している。具体的に制裁が科された際には、更なる上昇が生じると予想される。
特に懸念されるのは、小麦価格だ。ロシアとウクライナは世界全体の総輸出高の3割を占める。ウクライナの穀物輸出の一大拠点でありウクライナ海軍が駐留していた港湾都市オデッサが攻撃され(軍事設備のみで、港湾設備自体は破壊されていない模様)、現状、港湾が機能していない。今後、穀物の輸出にも影響が出ることが予想され、小麦の先物価格は大幅に上昇している。シカゴ商品取引所では24日、小麦の先物価格が1ブッシェルあたり9ドルを超え、9年7カ月ぶりの高値水準となった。
日本の小麦の主な調達先は米国・カナダ・豪州であるものの、経済制裁によってロシアからの供給が途絶えれば、輸出市場の需給のタイト化によって調達価格の大幅上昇が懸念される。
ただでさえ、ラニーニャ現象の影響により、小麦は今年も生産が下振れするリスクが小さくない。小麦の調達が困難になる、価格が上昇するというだけでなく、食品価格の高騰は新興国などの不満を高めることになるため、各地で暴動が頻発するリスクも無視できない。
ロシアからの輸入が少量であるこのほかの資源、たとえば原油や天然ガスについても、日本の輸入価格には同様に上昇圧力が掛ることになるだろう。
今回、西側諸国がどの程度の制裁を行うか不透明ではあるが、資源価格が上述の通り上昇した場合、インフレ抑制の観点から、利上げや中央銀行がバランスシートの縮小を行うQT(Quantitative Tighting)が加速して、物価上昇沈静化の軟着陸に失敗し、経済がオーバーキル(過剰な落ちこみ)となる可能性もある。
また、原油をはじめとする原材料価格の上昇は、消費国にとっては金融引き締めと同様の影響をもたらすため、景気にマイナスに作用する。日銀は金融緩和を継続する見通しであり、金利差からの円安進行が見込まれる中、輸入インフレは更に加速することとなろう。
日本の金融政策はある意味、急速なインフレの発生を前提とせずに行われてきた。このため実際にインフレとなった場合には、非常に難しい舵取りを迫られることになる。我々日本人にとって、ウクライナ問題は対岸の火事ではなく隣の火事であり、今がまさに正念場である。
(新村直弘=マーケット・リスク・アドバイザリー代表)