【週刊エコノミスト創刊100年キャンペーン実施中】いまなら週刊エコノミストオンラインをお申し込みから3カ月間無料でお読みいただけます!

週刊エコノミスト Online

日露戦争で大敗しながらウクライナでも同じ過ちを繰り返す 懲りないロシアの時代遅れな「帝国主義」=河東哲夫

「地獄で焼かれろ」と書かれたプラカードを掲げるプーチン大統領批判のデモ(ニューヨークで) Bloomberg
「地獄で焼かれろ」と書かれたプラカードを掲げるプーチン大統領批判のデモ(ニューヨークで) Bloomberg

 100年前の日露戦争時もロシアは兵士の士気は低かった。敗戦後にはロシア革命が勃発。ウクライナ侵攻と重なってみえる。

 1904年10月15日、ロシアが誇るバルチック艦隊は、バルト海の港を出港した。ロシアに戦いを挑んだ東洋の小国、日本の艦隊をたたきつぶし、海上補給ルートを断ち切ってやろうという作戦。いとも簡単に思われたこの企ては、大失敗に終わる。途中の港はだいたい日本の同盟国、大英帝国の息がかかり、自軍基地もないから補給も思うにまかせない、半年以上の船旅。貴族の上級士官、ついこの前まで農奴だった水兵の間には、ストレスがたまる。05年6月には、そのストレスが高まり、黒海で戦艦ポチョムキン号上の反乱――士官は射殺――が起きている。あげくのはて、バルチック艦隊は対馬の海戦で、新型の日本艦に比べて大砲が旧式であることを露呈した。

「小国日本」をなめたロシア

 こうして05年5月には、バルチック艦隊は壇ノ浦、いや対馬の海に沈み、その直後、日本の依頼を受けた米国のセオドア・ルーズベルト大統領は、ロシアに和平を持ち掛ける。日ロ両国は同9月、米国のボストン北郊ポーツマスで講和条約を結ぶのだ。ロシアは「小国日本」をなめた上、自身の戦術、装備、軍隊の士気、その他がちぐはぐで、世界のほとんど誰も予想しなかった敗北を喫した。

 同じようなことが、今のウクライナで起きたらどうなるか。まさかと思うかもしれないが、ロシア軍、そしてその背後のロシアの経済・社会は百余年前にあった構造的な弱みを引きずっている。いろいろな情報を総合すると、次のような姿が見えてくるのだ。

 2022年2月24日、合計10万人弱と推定されるロシア軍は、これまで集結していたロシア西部、そしてベラルーシから、ウクライナとの国境を破ってなだれ込んだ。「14年にロシアが武力で親ロシア勢力支配を植え付けていたウクライナ東部のドネツ、ルガンスクを、ウクライナ軍が奪還しようとして兵力を集積している。これをつぶそう」というわけだ。

スターリンがよく使った手

 プーチン大統領は21年7月に、ウクライナはロシアと民族的・文化的には同一、そしてウクライナはまだ国家として十分機能してもいないという、上から目線の「歴史」論文を発表し、今回の武力侵略へののろしをあげていた。何々についての「学問的な」論文を発表し、それで政府全体を洗脳するのは、昔スターリンがよく使った手。

 要するにプーチン大統領たちは100年前、「小国日本」へと同じく、ウクライナをなめてかかったのだ。ロシアが想定したシナリオは次のようなものだ。侵略開始早々、ロシア軍のヘリコプターがキエフ近郊の飛行場に飛来、爆撃をすると同時に、ウクライナのゼレンスキー大統領を暗殺する部隊をおろして飛び去る。北方のベラルーシからは軍団が、60キロもの車列を作ってウクライナになだれ込む。キエフの運命はあと数日。世界中もそう思った。

 ところが、ウクライナは持ちこたえる。上記のロシア軍ヘリコプターは帰途、撃墜され、地上に降りた空挺部隊は、予定した援軍がいつまでたっても到着しない中、せん滅されてしまったという。ウクライナ軍は、ヘリコプターや航空機を撃墜できるスティンガー・ミサイルを多数持っている。これはたった一人で発射できて、操作も簡単。飛翔物の方向に発射すると、ミサイルが飛翔物を自分で探知・追跡してとびかかる優れものだ。同じことはハゲタカよろしく高く舞い上がると、地上の戦車を認識して襲い掛かるミサイル、ジャヴェリンについても言える。これも一人で操作できる。

兵士との通信が脆弱

 兵士の士気。これも日露戦争の時を思わせる。ロシア陸軍の兵の多くは「契約兵」、つまり徴兵よりはまともな給与をもらってはいるのだが、しょせんはそうしたカネ狙い。上官の方は、「もうこいつにはカネを払っているのだから」ということで、昔の貴族よろしく、契約兵をアゴでこき使う。加えて兵士の中には、ウクライナに行くことを知らされていなかった者が多い。

 なかにはウクライナに親族がいる者もいるので、民間人を殺すのは、彼らにとって本当にしのびない。ウクライナ側に捕まったロシア兵捕虜は、「演習だと思っていたら、自分はウクライナにいたんだ」と言って泣いている。

米CNNの報道で、道端にロシア兵の死体が転がっているのを見たが、戦争では普通、自軍兵士の遺体収容は非常に大事な仕事だ。放置したのでは、ロシアの遺族にも弁解できない。それが行われていないというのは、規律の緩みを意味するだろう。

 そして通信。2008年8月、旧ソ連の小国だったジョージアに侵入したロシア軍は自前の通信装置が機能せず、市販のガラケーで相互の連絡を取った。秘密は筒抜け。そこで10年以降、ロシア軍は何兆円分もの予算で大々的な近代化に乗り出したのだが、今回はその効果が見えないようだ。もしかすると役人や将軍達が、その予算を途中で着用してしまったのかもしれない。ロシアでは以前からよくあることだ。通信がうまく機能しないと、作戦は麻痺する。どの部隊がどこにいて何をやっているか、モスクワの参謀本部は把握できているだろうか。

 かくて戦術、士気、装備、百年前のバルチック艦隊と同じような問題を露呈して、ロシアは対欧州正面の貴重な兵力の多くを失ってしまうかもしれない。

ロシア革命と大統領選

 日本との戦争がまだ続いていた1905年1月、サンクトペテルブルクでは平和を求めて行進する大衆が軍隊に射殺されるという「血の日曜日」事件が起きている。これはロシアでの反政府・民主化運動をかきたてて、騒動は何年も続く。その中で地方知事、警察長官、将軍などが何名も殺された。皇帝ニコライ二世は大衆の信を大きく失い、議会創設など譲歩を迫られる。これはロシア第一次革命と呼ばれた。

 ロシアでは24年、大統領選挙がある。西側の制裁で、その時インフレは数十%、輸入に依存していた消費財は店から消えてなくなっているだろう。プーチンは当選できない。彼を支えるシロビキ(主として旧KGB=ソ連国家保安委員会。ソ連共産党亡き今、全国津々浦々に要員を置く唯一の組織)は、自分たちの権力と利権を守るため、かつぐ神輿をすげ代えようとするだろう。思惑は入り乱れる。その中で国内の暴力勢力を引き込んで、ライバルを暗殺しようとする動きも出てくるだろう。こうしてモスクワの中央権力が空洞化すると、91年ソ連崩壊の直前起きた、地方が中央に税収を送らない、勝手なことを始めるという、「主権のオン・パレード」が始まる。ロシアの中の少数民族だけでなく、主だった州も分離傾向を強めるというわけだ。

時代遅れの帝国主義

 今は21世紀。そんなことが起こるはずがない、と思うなかれ。わずか30年前、超大国ソ連はそうやって自壊したし、今回は起きるはずのない文明国への武力侵略をロシアはやったのだ。ロシアは言う。「ウクライナの右派過激勢力が――ロシアは「ナチ」と呼んでいる――ロシアに歯向かうからいけないのだ」と。しかし、そういう勢力を台頭させたのは、ロシアが14年クリミア、東ウクライナを制圧したからだ。

 そして今回は武力で侵入したものだから、今やウクライナ人はほぼ全員、ロシアを憎む。ロシアはロシア系の人々を守るのだ、とも言っているが、他ならぬロシア系ウクライナ人も、ロシア軍をこわがってポーランドに避難している。

 ロシアは、時代遅れの帝国主義、そして近代化に乗り遅れた経済を直さないと、ウクライナのような問題を、これから何回も起こすだろう。

(河東哲夫・外交アナリスト、元在ロシア大使館公使)

河東哲夫氏
河東哲夫氏

(略歴)かわとう・あきお 1947年生まれ。70年東京大学卒業、外務省入省。米ハーバード大学大学院ソ連研究センター留学、東欧課長、米国ボストン総領事、ロシア大使館公使、ウズベキスタン大使等を歴任、04年退官。現在は外交評論で執筆など手掛ける。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

10月11日号

止まらない円安 24年ぶり介入第1部 市場の攻防15 亡国の円買い介入 財政破綻を早める ■編集部17 1ドル=70円台はもうない ■篠原 尚之 ドル高が揺さぶる「国際金融」 ■長谷川 克之18 円安 これから本格化する内外金利差の円売り ■唐鎌 大輔20 国力低下 米国の強力な利上げはまだ続く 円 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事