飛躍する発想力 「SF」に注目する世界的起業家 長期ビジョンの創出などに活用=海老原豊
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2022年の今、「SF」が注目されている。SFとはScience Fictionのことで、科学に基づいて「こんなことができたら?」「こんなテクノロジーが登場したら?」と、「もし~なら?」を問い、科学では説明できない意味を考える物語だ。厳密な科学の追求より「思索を促す(Speculative)」とSFのSを読み替える議論もある。ここでは「科学やテクノロジーを軸に『もし?』を考える物語」とSFを定義する。
SFが近年脚光を浴びている理由は二つある。一つは、かつてSFが夢見たテクノロジーが実現したからだ。人工知能(AI)の研究・開発が進展し、新製品も登場し、これまでSF愛好家くらいしか知らなかった、人間とAIの臨界点を指す「シンギュラリティー(技術的特異点)」という単語さえメディアで目にする機会が増えた。自動運転技術や、仮想現実(VR)などの一部の技術はもはや現実の風景になりつつある。
もう一つは、SFの飛躍した発想力にある。「昔のSF」が今なら「現在のSF」は未来だ。SFの発想力は小説、映画、ドラマだけではなく、ビジネスでも「SFプロトタイピング」、つまり、SF的な発想力を駆使し、まだ実現していないビジョンの試作品(プロトタイプ)を作る、というメソッド(方法論)で「イノベーションの原動力」として活用しようという動きが強まっている。
小説や映像、イラスト
昨年は、国内でも3冊のSFプロトタイピングの本──『SFプロトタイピング──SFからイノベーションを生み出す新戦略』(宮本道人監修・編著、 難波優輝・大澤博隆編著、早川書房)、『未来は予測するものではなく創造するものである──考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』(樋口恭介、筑摩書房)、『SF思考──ビジネスと自分の未来を考えるスキル』(藤本敦也・宮本道人・関根秀真編著、ダイヤモンド社)が相次いで発売されるなど、SFプロトタイピング元年の様相だった。
欧米などではすでに2010年代から軍事、学術の業界でSFが注目・活用され、11年に『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』(ブライアン・デイビッド・ジョンソン、亜紀書房、翻訳13年)、マイクロソフトとSF作家で『フューチャー・ヴィジョンズ』というSF短編集などの関連書籍が刊行されていた。
実際、SFプロトタイピングとはどのようなものなのか。(1)組織内外のさまざまな立場の人が作者となり、(2)主にはワークショップ形式でアイデアを出し合い、(3)成果として、未来のビジョンをアウトプット──することと説明できる(図)。
作者、参加者は、企業などの構成員だけでなく、必要に応じて専門家やコーディネーターも加わる。参加者同士や組織内のコミュニケーションの活性化も目的とするため、参加者が自由に発言して、主体的に関われることが推奨される。ゴールは、新商品の開発といった具体的、短期的なものではなく、目の前の現実的な要求と離れた未来の大きなビジョンが設定されることが多い。
成果物としては、イメージが共有できるように、小説、映像、イラストなどの多様な形で作り出される。参加者の活発な交流を促し、豊かな発想力を引き出すことがSFプロトタイピングの醍醐味(だいごみ)なのだ。
SFプロトタイピングが活用された事例を紹介したい。ブリヂストンは、中期事業計画(21~23年)でコア事業、成長事業と並ぶ探索事業にソフトロボティクス事業を定めた。同社はタイヤ・ゴムを主力とするメーカーだが、その知識・経験を生かした新しい領域を開拓したいと考え、構想されたのがゴムの技術を応用した「柔らかいロボット」、ソフトロボティクス事業だ。こちらの事業の構想に当たっては、同社のソフトロボティクス事業準備室のヒアリングを基にSF作家が短編を書き下ろし、さらには短編を題材に参加者が想像力を膨らましてコピーとビジュアルが生まれた。
次に紹介したいのが東京都下水道局の事例だ。東京都下水道局が若者の下水道への意識啓発のために18年に開始したプロジェクト「東京地下ラボ」。3回目の21年はSFプロトタイピングで学生に「2070年の下水道」を題材に構想してもらい、小説、イラスト、漫画、アニメーション、3Dモデル(海上都市、東京駅周辺)といった個性豊かな作品になった。生活に不可欠な下水道というインフラへ…
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週刊エコノミスト
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