国際・政治

水運の脱炭素化 オランダで「電動船」就航=野村宗訓

港湾の「エネルギーハブ」化戦略も=野村宗訓

 脱化石燃料で先を行くオランダでは、港湾の脱炭素を目指す「カーボンニュートラル・ポート」の取り組みが進む。

ビールのハイネケンが採用 2時間半充電で100キロ

 現在、急速に電動化が進む自動車と同様に飛行機や船舶でも、電気のほか、化石燃料に代わる環境負荷の少ない新燃料への転換が模索されている。特に船舶について、内航船が発達しているオランダでは、従来のディーゼルに代わって大型蓄電池を使った「電動船」が導入されている。

 電動船を採用したのは世界的に有名なビール会社ハイネケンだ。昨年9月に工場のあるアルフェン・アーン・デン・レインからムールデイク港までの約80キロで運航を開始した(写真)。

 この電動船には「ゼロ・エミッション・サービシーズ」(ZES)が開発した電池「ゼロ・エミッション・サービス・パック」(出力2000キロワット時)が装備されている。20フィート(約6メートル)コンテナ型の蓄電池2基が搭載され、これがグリーン電力で充電される点に特徴がある。充電時間が2時間半と短く、コンテナ型の電池の交換に要する時間はわずか15分。フル充電で最長100キロの長距離運航が可能である。年間1隻当たりの二酸化炭素(CO2)排出量は1000トン、窒素酸化物は7トン削減できる。

 電動船を支援するZESは2020年に創設された官民連携の国際合弁企業というユニークな組織である。設立時の構成メンバーには、ロッテルダム港湾局、金融保険会社ING、仏エネルギー大手エンジー、フィンランドの船舶エネルギーソリューション会社バルチラが含まれる。

 ZESのビジネスモデルは利用に応じて課金する「ペイ・パー・ユース方式」だ。ハイネケンは10年契約を結んでいる。蓄電池の搭載時に費用負担が生じるだけなので、運航会社にもメリットがある。充電設備の利用を「オープンアクセス」にすることにより、このシステムの定着が見込まれている。30年までに充電ポイントを増加させ、150隻を対象に30航路を開拓する計画である(地図)。

 北海に面するオランダでは洋上風力が推進されてきたが、今後は沿岸部での水素の開発と輸送にも重点が置かれる。ロッテルダム港湾局は内陸地への水素輸送に関して、既に独ニーダーライン地方の港湾を運営するデルタポートと協力関係を強化している。この地方は水運のみならず鉄道と高速道路網が発達し、物流拠点として魅力がある。また、敷地面積も広いところが多い点、航空輸送のように早朝・深夜の制限がない点、ベルギーの都市にも近い点でも、将来の発展可能性が大きい。

 さらに昨年9月にはロッテルダム港湾局と独エネルギー企業ユニパーの間でグリーン水素の生産を開始する協定が結ばれた。ユニパーは大手電力会社エーオンから分離され、石炭・ガスを中心に扱うが、近年は脱炭素化推進の観点から水素開発にも注力している。ロッテルダム港湾局はユニパーとの協力によって、欧州最大の水素バリューチェーンと「エネルギーハブ」の構築を狙っている。

まだ化石燃料に依存するロッテルダム港 Bloomberg
まだ化石燃料に依存するロッテルダム港 Bloomberg

港湾間の競争意識を高揚

 ロッテルダムに加えて、アムステルダム、フローニンゲン(デルフセイル/エームスハーヴェン)、ゼーラントなどの港湾は後背地に商業地域や工業地帯があるため、物流拠点としての優位性を持っている。内陸に向かってライン川は独デュッセルドルフまで、マース川はベルギー・リエージュまでつながっているので、国際物流の点でも重要度は高い。とりわけ、フローニンゲンはエネルギー関連企業の集積地であり、グリーン水素の拠点となることを目指している。このようにオランダは隣国の企業・港湾との連携を深めるとともに、国内では港湾間の競争意識を高めてエネルギーハブ実現に向けた戦略を進展させている。

 世界の主要港湾でも、港湾内で使うエネルギーを脱炭素化する「カーボンニュートラル・ポート」への移行を目標に掲げ、さまざまな取り組みが展開されている。最も基本的な改革は「ショアパワー」(陸上電力供給)の導入だ。CO2削減の点から停泊中船舶のエンジンを止め、「非化石燃料」で発電した電気を陸側から送る措置である。

 機器設置の費用負担をめぐる問題も生じるが、ロシアのウクライナ侵攻によりエネルギーが逼迫(ひっぱく)する中で、化石燃料調達の不確実性が大きくなっているので、ショアパワーをはじめクリーンな燃料による船舶の普及も進むであろう。長期的にはリチウムイオンから水素やアンモニアで動く船舶も現れると考えられる。

 近年の港湾ランキングでは中国の上海、寧波、深圳、広州などが上位に並ぶ。日本には約1000もの港湾が存在するが、脱炭素化に取り組んでいるところは一部だ。今後は港湾管理者である地方自治体が迅速にカーボンニュートラル・ポートに向けた具体的方策を明らかにする必要がある。

 日本の国土交通省がオランダ社会基盤・水管理省との間で港湾分野の包括的協力に関する覚書を締結している点から、一定の指針に基づき指導や助言をしやすい環境も整っている。ZESの開発したコンテナ型蓄電池の事例などを参考にしながら、自治体と民間企業が脱炭素化に向けて能動的な改革を着実に進めていけば、カーボンニュートラル・ポートとエネルギーハブを達成できるだろう。

(野村宗訓・関西学院大学教授)

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