「ウクライナ侵攻で漫画海賊版サイト消滅」のうわさが示すサーバー業者の裏側=永沼よう子
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漫画の違法アップロード
「防弾ホスティング」と呼ばれる匿名性の高いサーバーを貸し出す業者が国境を越えて存在し、海賊版サイトの取り締まりや発信者情報の開示はなお容易ではない。
実はウクライナにもサーバー存在
追及を逃れる複雑な「クモの巣」=永沼よう子
今年2月下旬、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始し、重要なインフラ施設も次々と攻撃対象になった。そのような中、ある話題がインターネット上にひそかに上がり始めた。それが「戦争の影響でMangaRaw(漫画ロウ)というサイトが消滅した」というものだ。
漫画ロウは日本の漫画のスキャンデータを誰でも見られるように違法アップロードしているサイトの一つで、ウクライナにデータが保存されているサーバーがあるとうわさされている。ウクライナ侵攻に伴った通信を遮断するサーバー攻撃、あるいは物理的な攻撃による破壊で、サイトの更新が停止され、サービスを享受できなくなったのではないかとみられる。
漫画の違法アップロードといえば、「漫画村」が記憶に新しい。漫画村は漫画のみならず書籍、写真集なども無料で閲覧できるサイトとして2016年に現れた海賊版サイトだ。
漫画雑誌の発売日当日には同じデータがアップされ、無料で閲覧できるサイトの出現によって、またたく間に出版業界に甚大な被害をもたらした。推定被害額は約3200億円、アクセス数はピーク時で月1億を超えた。出版社はすぐに対応に動いたが、海外にサーバーがあり運営者の特定もままならず、2年後の18年にようやく漫画村は閉鎖、19年に運営者が逮捕され、21年に著作権法違反などの罪で懲役3年などの実刑判決が下っている。
被害額は「1兆円超」
漫画村が残した負の遺産はこれだけにとどまらず、海賊版サイトというものがあることを世間に広く知らしめた。事実、漫画村が閉鎖されると、海外を拠点にするサーバーを経由した巨大な後継サイトが次々に誕生し、さらに被害が拡大したのである。つまり、漫画ロウは氷山の一角に過ぎず、いまだ多数の海賊版サイトが野放しになっている。電子出版物の違法配信防止などの活動に取り組む一般社団法人ABJによると、21年にアクセス数の多かった日本の漫画の海賊版上位10サイトで年間アクセス数は37億件超、被害額は少なくとも1兆円を超えるという。
海賊版サイトの乱立はなぜ防げないのか。主な原因は、多くが海外のサーバーを経由していることにある。海賊版サイトの運営者を特定しようと、日本から海外のサーバー業者に発信者情報開示を求めても無視されるケースが多く、国によっては情報開示に向けた制度すら整っていないため、手続きがままならないのだ。
漫画村一つとっても、クモの巣のように複雑に絡み合ったインターネット契約が立ちはだかった。
漫画村の場合、サーバーはウクライナの首都キーウ(キエフ)中心部近くにあるウクライナの企業が管理していた。そこから「防弾ホスティング」と呼ばれる匿名性の高いサーバーを貸し出すスウェーデンのプロバイダー企業を介し、ウェブ閲覧の効率化サービスを提供する米クラウドフレア社を経由させて日本に配信している。こういった具合に複数のサービス、サーバーを介すことで捜査の手を逃れていた。
なお、防弾ホスティングでは、メールアドレスさえ入力すれば利用できるものが存在するほど、契約のための本人確認が極めて緩い。しかも、捜査機関から協力要請があっても契約者の情報を原則、明かすことはなく、第三者からの削除要請にも応じない。これが「防弾」と呼ばれるゆえんである。
その特性から、不当な圧力から身を守る人権保護団体や反政府活動家などが情報発信する際、言論の自由を確保するための隠れみのとして利用されている。しかし、当然に犯罪の温床にもなり、サイバー犯罪の類いに利用されることも多い。
著作権法改正の「穴」
通常、このよう…
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週刊エコノミスト
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