経済・企業エコノミストリポート

活況フードデリバリー産業を支える「アプリで仕事を請け負う働き方」の危うさ=溝上憲文

海外からの参入でフードデリバリー産業は競争が激化している Bloomberg
海外からの参入でフードデリバリー産業は競争が激化している Bloomberg

プラットフォーム就労の実態

 フードデリバリー産業の急拡大に伴い、急増する「プラットフォーム就労者」。日本では、安心して働ける環境の整備が遅れている。

過酷なフードデリバリー配達員 曖昧な契約で報酬も補償も不安定=溝上憲文

 新型コロナウイルス禍を機に、フードデリバリー産業が急拡大してきた。最大手の「ウーバーイーツ」に加え、2020年以降、海外からの参入が相次ぎ、国内勢の「出前館」「menu(メニュー)」などとともに激しい競争を展開している。

 フードデリバリー市場の活況を受け、アプリを介して配達を請け負う配達員も急増。その数はウーバーイーツ(ウーバー)だけで10万人超といわれ、業界全体では少なくとも20万人を超えると推測される。こうした中、配達員の報酬や事故時の補償など、働く環境の脆弱(ぜいじゃく)さが問題になっている。

「注文を受けて飲食店に到着し、店員に声をかけたらいきなり『うるせぇ!黙って待っていろよ』と一喝され、さらに『お前客じゃないだろ、ウーバーだろ』と言われました。ウーバーに連絡したら『上に報告する』と返事がありましたが、その後何の連絡もありません」。21年11月22日、東京都労働委員会の証人尋問で、ウーバーの配達員の一人が証言した。

 ウーバーの配達員で作るウーバーイーツユニオンは、配達員の処遇や働く環境の改善を話し合う場をウーバーに求めており、「団体交渉に応じないのは不当労働行為に当たる」として都労委に救済を申し立てている。7月にも都労委が判断を下す予定だ。

 ウーバーは、配達員は労働組合法上の「労働者」ではなく「個人事業主」であると主張する。更に「ウーバーは配達員と飲食店を仲介しているだけであり、配達員との業務委託契約は存在しない」とする。つまり、配達員はどことも雇用契約や業務請負契約を結んでいない、極めて不安定な存在ということになる。

常に「評価される」

 ウーバーイーツユニオンはウーバー側に、(1)運営の透明性の確保、(2)事故時の補償、(3)適切な報酬──の三つを要求している。「運営の透明性」について、ユニオンが最も問題視しているのは、「非合理的理由」による「アカウントの停止」だ。アカウントは、ウーバーの公式サイトで「配達パートーナー」(配達員)に登録すると発行される。 アカウントを停止されると、配達員は仕事を受けられない。

 ウーバーイーツのシステムでは、レストランに注文が入ると、「レストランで品物を受け取って注文者に届けてほしい」という内容の「配達リクエスト」(配達依頼)が、エリア内でアプリをオンにして待機している配達員にランダムに割り振られることになっている。 配達リクエストへの応答率(全リクエスト数に対し、配達業務を引き受けた割合)が低い場合に、「アカウントを停止する場合もある」とウーバーは配達員に告知している。また、配達員は飲食店や注文者から評価(「good」「bad」)を受けており、この評価が地域ごとに定められた最低ラインを下回り続けるとアカウント停止になるとされている。登録時の情報の虚偽、配達距離の不正、注文者のプライバシーの侵害などもアカウント停止理由となる。

 前出の配達員は「配達リクエストを3回拒否したら干される、あるいは、条件の悪い配達リクエストばかりが来るようになる」と主張。一方、ウーバー側の証人は「エリア内にいる配達員には、応答率や拒否する確率の高い・低いに関係なく、リクエストが送信される仕組みになっている」としており、両者の言い分は大きく食い違う。

 配達員は「口をマスクで覆っていなかったことなどをサポートセンターから指摘されアカウントを停止されたことがある。サポートセンターから『飲食店に暴言を吐きましたね』と言われて一方的にアカウントを停止された人もいる。私たちの言い分は全く考慮されない」と憤る。

「アカウント停止」に不満を抱いているのは、ウーバーの配達員ばかりではない。

 3月29日、プロフェッショナル&パラレルキャリアフリーランス協会は、ウーバーも加盟する日本フードデリバリーサービス協会などの協力を得て実施した、大規模な「フードデリバリー配達員実態調査」(回答者1万3844人)の結果を公表した。それによると、「アカウント停止の条件」(停止条件の提示、アカウント停止の実行等)について「満足」と回答した人は26.9%、「不満」と回答した人は20.9%(残りは「どちらでもない」)だった。

心もとない事故対応

フードデリバリーの配達員は常に事故への不安を抱えている Bloomberg
フードデリバリーの配達員は常に事故への不安を抱えている Bloomberg

 ユニオンが求める「事故時の補償」は、配達員にとって生命線ともいえる。

 18年5月、ウーバーの配達で生計を立てる専業配達員がバイクで走行中にタクシーに追突され、頸椎(けいつい)捻挫などの重傷を負った。ウーバーに連絡したが、ケガの状態と事故の経緯を聞かれただけで、補償はなかったという。19年6月には後続の車に追突されて転倒。腕と足の骨折と裂傷を負った。翌年20年9月には雨天の配達中に転倒して手と足に裂傷を負い、前歯を折る事故を起こしている。この事故の当日、ウーバーに連絡すると、「今度事故を起こしたらアカウントが永久停止になる可能性がある」と示唆されたという(都労委での証言)。

 事故時の補償については、ウーバーも対策を講じていないわけではない。国内での事業開始3年目の19年10月には民間の損害保険会社と提携し、傷害見舞金制度を設けた。その後、制度を拡充して医療費用の上限を50万円とし、1日7500円の見舞金を最大で60日間支給するなどしている。

 国は建設業の一人親方や個人タクシーの運転手に適用されている労災保険の特別加入制度の対象を21年9月から拡大し、フードデリバリーの配達員やフリーのITエンジニアも利用できるようにした。ただし、保険料は自己負担だ。

 協会の調査では「事故・ケガへの対応」(事業者による傷害保険特約や賠償責任保険契約の締結等)について、「満足」は26.1%、「不満」は20.1%だった。

報酬の算定法は不明瞭

 報酬に関しては、報酬システムと報酬の計算方法の不明確さが指摘されている。

 フードデリバリーの配達報酬のルールは会社によって異なるが、ウーバーの報酬は主に、配達距離などに応じた「基本料金」と「インセンティブ」で構成される。ウーバーは21年5月以降、基本料金の報酬体系を変更。配達員には事前に「予定配達料金」が通知されるものの、最終的な報酬金額は配達が完了するまで分からない仕組みになった。前出の専業配達員は、「基本料金は21年5月以前は5.3キロで850円以上あったが、 10月から6.2キロでも300円。収入も下がり、以前に比べて月収も2~3割減った。(料金が分からないと)先の見通しが立たず、精神的にも不安だ」と漏らす。

 これに対し、ウーバー側は、報酬体系の変更については認めつつも、「5月以降は配達の移動距離、飲食店での待ち時間、交通の状況、需要と供給のバランスなど関係要素を反映した料金にしている。計算式、アルゴリズムは非常に複雑になっているため現在は開示していない」と説明するにとどまる。事前に予定配達料金や飲食店・注文者の住所を通知しているとしたうえで、「条件を承諾するかどうかは配達員自身が決めることができる」などと正当性を主張する。

 協会の調査では、「報酬額の設定」については「満足」が27.9%なのに対し、「不満」は52.3%と圧倒的に多かった。配達員からは「1件当たりの報酬が年々下がっている。料金体系が改悪され内訳が不透明になった(以前は商品受け取り・受け渡し・配達距離当たりの報酬が明確だった)」という声が上がる。

 協会の調査では、職業について全体の48%が「個人事業主」と回答、そのうち4割近くは週に40時間以上稼働しており、専業配達員が多いことがうかがえる。安定収入の確保は切実な問題だ。

諸外国では「労働者」

 インターネットのウェブサイトやアプリによる「マッチング」を介して仕事を受ける働き方は、「プラットフォーム就労」と呼ばれ、フードデリバリーの配達員に限らず、プログラマーやイラストレーターなどさまざまな業種に広がる。こうした働き方の問題点は、雇用関係にある労働者と違って労働法や社会保障法が適用されないうえ、契約関係や就業形態が極めてあいまいな点にある。

 岸田文雄首相は「新しい資本主義実現会議緊急提言」の中で、プラットフォーム就労者を含むフリーランスの保護策として「事業者がフリーランスと契約する際の、契約の明確化や禁止行為の明定など、フリーランス保護のための新法を早期に国会に提出する」としているが、所得・健康・休業補償といった点については触れていない。

 一方で、世界に目を向けると、プラットフォーム就労者の保護策を整備する動きが加速している。

 英国では21年2月に最高裁がウーバーのライドシェア(配車)サービスの運転手を労働者と認める判決を下し、ウーバーが最低賃金保障や休暇手当の支給などを進めている。スペインでは最高裁がウーバーイーツの配達員を労働者と認定している。

 欧州連合(EU)の行政府である欧州委員会は21年12月、プラットフォーム就労者が最低賃金や有給休暇など雇用労働者と同等の扱いを受けられるようにする法案を発表した。企業側が、「報酬の水準または上限を設定している」「仕事の成果を電子的に監視している」──などの5項目のうち二つ以上該当する場合に、雇用関係にあると推定する規定だ。また欧州では既に、自営業者を労災保険や失業給付の対象にしている国も多い。

 お隣の韓国では、フリーランスに対する労災保険適用(労使折半、国が保険料を補助)に加えて「全国民雇用保険制度」を導入し、今年1月からプラットフォーム就労者にも雇用保険を適用している。

 日本は諸外国に比べ、プラットフォーム就労者の安全網の整備が周回遅れの状況にあることを認識すべきだろう。

(溝上憲文・人事ジャーナリスト)

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