日本企業に自社株買いをお勧めできない数々の理由=藤田勉
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株式 自社株買いの功罪
岸田文雄首相が「新しい資本主義」のために自社株買い規制を実施する可能性が出てきた。しかし米国と比較すると実態は異なる。
米国は株主還元として増加日本がやると世界で勝てない=藤田勉
昨年12月の衆議院予算委員会で、「新しい資本主義」を掲げる岸田文雄首相は、企業の自社株買い(自己株式取得)の指針に言及した。突然、首相が自社株買い規制を言い出したように見えるが、事の発端は米国である。
昨年11月、米国のジョー・バイデン政権の目玉の政策を網羅するビルド・バック・ベター法案が下院で可決された。これは、自社株買い額の1%課税や個人富裕層に対して追加増税など、格差是正の経済政策を含む。さらに、バイデン政権は、2023年度予算教書で、自社株買い1%課税(10年間で16兆円の増収、課税に関する合同委員会スタッフ推計)、そして自社株買い後に一定年数の間、役員の自社株売却禁止を提案した。
一般に、自社株買いは株価上昇要因であるため、これが富裕層を利するとして、民主党左派を中心に規制の必要性が主張されてきた。ただし、与野党の議席数が拮抗(きっこう)する上院では、法案可決は難しいとされる。また、今年11月の中間選挙では民主党の劣勢が伝えられており、自社株買い増税の実現の可能性は低い。
一方で、日本では7月の参議院選挙で与党優勢と伝えられる。与党が勝利すれば、25年まで国政選挙がないと考えられる。そうであれば、岸田首相が「新しい資本主義」を具現化するために、自社株買い規制を実施する可能性がある。
日本は01年に自由化
米国では、会社法(デラウェア州)上、配当は取締役会決議が求められるが、自社株買いは取締役会決議を求めていない。ただし、実務上、取締役会で決議されている。
自社株買いは、(1)立会市場取引、(2)公開買い付け、(3)相対取引、(4)加速型自社株買い(ASR)に分類される。90%が立会市場取引を通じて行われるが、近年、ASRの利用が増加している。ASRは、投資銀行などを通じて大量の自社株買いを行う手法で、規模の大きい自社株買いを短期間に完了できるというメリットがある。
自社株買いの相場操縦規制として、証券取引所法規則10b─18は、(1)発注先、(2)取得時期、(3)取得価格、(4)取得量のルールを定めている。そしてレギュレーションS─Kのアイテム703により、四半期・年次報告書で、月次取得株数や平均取得価格など自社株買い状況に関する開示が求められる。
一方、日本では、01年に商法改正により金庫株が解禁され、自社株取得・保有が原則自由化された。会社法上、自社株買いは、株主総会の普通決議か、定款の定めにより取締役会の決議により取得を決定できる。現状、取締役会決議による取得枠設定が一般的である。
金庫株は企業が保有する自己株式を指し、売り出しや第三者割当増資などの資金調達、企業買収の対価として利用される。最近では、コーポレートガバナンス・コード(企業統治の指針)、東証上場区分再編などの影響により、政策保有株式の売却、流通株式比率の向上が求められ、これらに対応して自社株買いを行う場合もある。
取得手法は、市場内取引である立会市場取引、立会外市場取引(ToSTNeT)と、市場外での株式公開買い付け(TOB)、がある。立会市場取引が49%、ToSTNeTが38%、TOBが10%を占める。ToSTNeT買い付けは、事前公表型の自己株式取得であり日本独自である。買い付け日の前日大引け後に買い付け価格や予定取得株数の具体的な買い付け内容を公表し、翌日立会時間前に買い付ける。終値取引(ToSTNeT─2)、自己株式立会外買い付け取引(ToSTNeT─3)がある。
株主還元策の違い
米国では、自社株買いを中心に株主還元額が増加している。17年に海外資金還流減税(国内に資金還流した際の二重課税の廃止)が実施され、18年に自社株買いが増加。21年に115兆円(S&P500企業)と史上最高を記録した(対時価総額比率1.3%)。配当金は66兆円であるので、株主還元額…
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週刊エコノミスト
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