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国際・政治 衛星ネットワーク

ウクライナ軍を支える通信安保の強力ツール「低軌道衛星コンステレーション」=山崎文明

米国テキサス州で建設中のスペースXの基地 Bloomberg
米国テキサス州で建設中のスペースXの基地 Bloomberg

ウクライナを守る「低軌道衛星」網

 物理的な攻撃に強い衛星ネットワークは、今や国家安全保障に欠かせない。

有事にも機能する通信インフラ=山崎文明

 インターネットを含む国際通信の約99%は、海底ケーブルを使って行われており、通信衛星による国際通信は1%にも満たない。日本は、クラウドサービスの多くの情報基盤を、海底ケーブルを介して米国に依存している。海底ケーブルが切断された場合、日本の社会インフラは甚大な損害を被ることは間違いない。

 ツイッターやインスタグラムをはじめとするSNSや、動画サイトのユーチューブは、海底ケーブルを使って米国のデータセンターとつながっており、国内にサービスを提供している。コンビニの店頭で買えるプリペイドカードも、そのほとんどが米国のデータセンターでの認証が得られないとプリペイドカードとして使えない。

 また、従来の国際電話や、国際間でドルをはじめとした資金決済に用いられるSWIFT(国際銀行間通信協会)のネットワーク、航空券の予約システムも海底ケーブルを使う。台湾有事が懸念されるなか、海底ケーブルが切断された場合に備えて、代替経路を確保する必要がある。

 その代替経路の最有力候補が、「低軌道衛星コンステレーション」である。

米スペースXが運営

 低軌道衛星コンステレーションとは約500〜1000キロの高度で周回する通信衛星を指す。一般的な静止衛星は上空3万6000キロを周回するので、それよりかなり低い。

 地上と衛星の距離が短いことから電波の遅延が少なく、電波の出力も小さくて済むため衛星を小型化できるメリットがある。

スペースXのイーロン・マスクCEO bloomberg
スペースXのイーロン・マスクCEO bloomberg

 ロシアのウクライナ侵攻が始まった直後の2月26日、ウクライナのデジタル変革大臣ミハイル・フェドロフ氏が米宇宙開発企業スペースXのCEO(最高経営責任者)イーロン・マスク氏に、同社が運用する低軌道衛星コンステレーション「スターリンク(StarLink)」による支援を要請した。その10時間半後には、「スターリンクが使用可能になった」との連絡がマスク氏からウクライナ政府に届いた。

 スターリンクは、高度540キロから570キロを周回する低軌道衛星を使い、「ブロードバンド通信網」の構築を目指す。5月13日時点で2547基が打ち上げられている。最終目標は4万2000基とされている。打ち上げにはスペースX製のロケット「ファルコン9」が使用されている。

 衛星が軌道にとどまるための燃料がなくなった場合は、大気圏に突入し、燃えてなくなってしまう仕組みだ。衛星の機能を維持するためには、消失した衛星と同数の衛星を打ち上げる、いわば使い捨てのような衛星である。スペースXは、アンテナやルーター、ケーブルなどの専用キットをスタンダードプランで初期費用499ドル・月額使用料99ドル、下りの通信速度が高速のプレミアムプランで同2500ドル・月額500ドルの全世界共通価格で提供している。

軍事目的で開発

 ウクライナへのスターリンクの提供は、ロシアの攻撃に対してウクライナが持ちこたえている理由の一つといわれている。一方のロシアが苦戦しているのも、通信網がダメージを受けたことにより、情報が正しくタイムリーに伝達されないことが一因とされている。

 ウクライナ軍は、SNSなどの情報共有だけでなく、スターリンクを使って砲撃支援システムの運用も行っている。2015年にウクライナの開発者によって作成された「GIS Arta(GISアルタ)」と呼ばれるシステムは、タクシーの配車システムを応用している。

 ロシアの戦闘車両を客に見立て、どの部隊から砲撃するのが最も早く着弾するのかを30秒以内で解析する優れものだ。作成者自身が「砲撃手のためのウーバー(Uber for Artillery)」と呼ぶこのシステムは、GPS(全地球測位システム)、偵察ドローン、衛星写真、高度マップ、ウクライナ軍の弾薬データの情報などを組み合わせて、最適な攻撃手段を瞬時に提供することができる。

 米軍の場合、同様のシステムでのターゲットの捕捉は、より正確だが、通知されてから砲撃まで30分かかるといわれている。ウクライナ軍は、GISアルタを使用して、複数の場所から砲弾を同時に着弾させることで、ロシア軍の反撃をけん制している。

軍用スターリンクの送受信アンテナ Root-Nation.com提供
軍用スターリンクの送受信アンテナ Root-Nation.com提供

 現時点で、5000基を超えるスターリンクの通信機器がウクライナへ送られている。戦況を左右するほどのスターリンクは、開発段階で米軍の協力が不可欠だった。4月11日に非軍事の国外援助を行う米国政府機関である米国際開発庁が発表した資料によると、スターリンクの通信機器のウクライナへの陸上輸送は、米国防総省が担当し、輸送費が80万ドル(約1億円)かかったことや1500台の通信機器代225万ドル(約3億円)がかかったとしている。

 スターリンクの打ち上げは18年から始まった。19年には米軍の資金でスターリンクを使って米軍用機と暗号通信の接続テストを行っている。翌20年1月には、スターリンクの打ち上げ監督業務を第45宇宙航空団(後に米国宇宙軍に編入)が担当。同5月には米陸軍とスペースXとの間でスターリンクのブロードバンド通信を使用して、軍事ネットワークとしてデータ送信することに合意した。

 また、10月にスペースXは、軍用衛星を開発するため、1億5000万ドルの契約を締結している。21年3月には米国空軍と協力してスターリンクインターネットをさらにテストする計画を発表するなど、まさに米軍との共同開発を行っている様が見て取れる。

 最終的には、スターリンク衛星に偵察機能や気象観測装置、ナビゲーション機能を備えたものが開発され米軍の戦闘能力をさらに強化する計画のようだ。こうして見るとウクライナへのスターリンクの提供も米軍の実験の一環として行われたといえなくもない。

日本でも国産化が必須

 戦争の端緒が開かれた時に海底ケーブルが切断されるのは明白だ。旧日本軍は、1904年、旅順封鎖のためにロシアの海底ケーブルを切断した。14年には、英国がドイツに宣戦布告すると同時にドイツの海底ケーブルを切断している。

 2021年の台湾国防白書には中国が第一列島線以西では、通信を遮断する能力を持っているとの分析をしているし、中国もまた中央軍事委員会直属の戦略支援部隊のミッションとして台湾侵攻時には民間の結節点を攻撃し情報封鎖を行うとしている。中国は17年に海底ケーブル破壊用の無人水中ドローン「NH─1」を開発し、すでに100機の製造を終え、さらに強力な後継機も開発済みだ。

 低軌道衛星コンステレーションは、その衛星の多さから、たとえ数十、数百の衛星が撃ち落とされても通信が途絶えることはないとされている。スターリンクの米軍との共同運用も一案だが、有事の際には、米軍の使用が最優先されることは間違いない。

 したがって、日本独自の低軌道衛星コンステレーションを持つ必要があるのではないだろうか。日本は、技術力は十分に持っているはずだ。開発する気にさえなれば国産化は可能だ。

(山崎文明・情報安全保障研究所首席研究員)

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