経済・企業

暗号の限界打ち破った発明が「基本特許」に 日本企業GVEがGAFAを超える日=大堀達也

 2020年代半ばにも量子コンピューターが実用化すると、既存の暗号技術はすべて破られるといわれ、情報社会の根幹が崩れる。

「基本特許となりうる技術」でGAFA超えも

 2022年4月26日、フィンテック(金融とITを融合させた技術)関連企業のGVE(本社:東京都中央区)が生み出した発明が日本で特許として成立した。その発明とはインターネットを介した決済などの課題であったハッキングなどサイバー攻撃によるデータ漏えいをこれまでにない高いレベルで防ぐ「サイバーセキュリティー」の仕組みだ。

ネットの「根本的欠点」

GVEの特許の正式名称は「秘密鍵方式の電子署名装置」GVE提供
GVEの特許の正式名称は「秘密鍵方式の電子署名装置」GVE提供

 GVEは17年の設立当初から、デジタル空間におけるサイバーセキュリティーは、世界の巨大IT企業も構築できていない課題と捉え、それを技術的に解決する仕組みの開発を進めてきた。その過程で中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入を目指すネパールなどの新興国に、同社のデジタル通貨プラットフォーム「EXC」を提供すべく働きかけてきたことは、これまでも本誌で伝えてきた

 GVE社長の房広治氏は、スイスに本拠を置く国際的な金融機関UBSグループの日本法人トップを務めたこともある金融マン。UBSから独立後、房氏は、「ネットで送金したり本人確認したりする際にデータ流出が絶えないのは、不特定多数の人々に開かれた場所というインターネットの根本的な特性に起因する」と考えた。ネット空間で情報を守る暗号技術はさまざまあるが、それらを駆使しても「完璧に情報を守る」方法はまだ世界に存在しない。

 問題意識を強めた房氏は、スマートフォン搭載の決済機能「おサイフケータイ」などを可能にする「FeliCa」(フェリカ、非接触型ICカードの技術方式)を発明したことで著名なソニーの元技術者、日下部進氏と共同でGVEを設立。本格的に“究極の情報保護”を実現する仕組みづくりに着手した。会社設立から4年目の20年12月1日には特許化を目指して「国際出願」にこぎつけた。

 房氏は「GAFAにも引けを取らないような“基本特許”となりうる発明を目指した」と話す。基本特許とは、さまざまな特許を派生的に生み出す“大本”となる特許である。日本の特許庁によれば、「先行技術では実現していない新しい機能を可能にした発明を含む特許。多くの改良特許が基本特許から生まれる」と定義される。例えば、GAFAに代表される米国のIT企業が成功した最大の理由は、強力な基本特許を取り、世界標準の地位を獲得した点にある。

常識覆す「個別秘密鍵」

 房氏は「我々の発明は暗号技術の“限界”を克服した」という。限界とは、量子コンピューターなど次世代の超高速コンピューターが登場すると暗号が簡単に破られる懸念である。

 いま、クレジットカード番号などの暗号化は「素数(2以上の自然数で1とその数以外で割り切れない数)」に基づいた暗号(RSA暗号)などを使う。例えば、ネット通販のユーザーは、クレジットカード番号を暗号化して販売店に送るが、この時、暗号化に使う数が素数(実際は巨大な素数の積)であり、「公開鍵」と呼ばれる。

 ユーザー、販売店などが個別に保有する「秘密鍵」と、カード会社が公開している公開鍵から作られる「個別の公開鍵」の組み合わせで、暗号化と復号(暗号を解いて内容を復元)するのが現在の「公開鍵方式」である。

 復号する側は、あらかじめ自分の公開鍵を暗号化する側に通知する=公開することから、公開鍵と呼ばれる。ただ、こうした暗号化の一連の流れは自動的に行われるので、我々ユーザーは普段意識することはない。

 この秘密鍵はユーザー側しか持っておらず、流出させない限り安全性は保たれる。その理由は、秘密鍵なしで、公開鍵と暗号だけを基にカード番号を割り出そうとした場合、「極めて巨大な数の素因数分解」が必要になるからだ。現在のスーパーコンピューターでも“現実的な時間”内でカード番号を割り出すことはできない。RSA暗号をはじめ公開鍵方式を使用した仕組みのほぼ全ては、“公開鍵から秘密鍵を推測できない”という特徴を前提に作られているのだ。

 しかし、これは裏を返せば、「公開鍵から秘密鍵を推測できる技術」が完成した瞬間に、その仕組みの土台が崩れることを意味する。量子コンピューターが現在のスピードで開発が進んでいくと、巨大な素因数分解のような難解な計算でも瞬時に完了し、現在の暗号が簡単に破られてしまう。

“何らかの法則性”に基づく暗号はすべて解読され、口座番号やパスワードなどの情報が「丸裸」にされる。これらの情報が不正取得されることで起きる被害の一つが「なりすまし」による金銭詐取だ(図)。

 その実例は20年、国内携帯電話大手NTTドコモの電子決済サービス「ドコモ口座」を介して不正出金が発生した事件だ。複数の地方銀行の預金者の口座番号や暗証番号などを入手した犯人が、預金者になりすましてドコモ口座を開設し、そこへ入金する形で銀行口座から預金を引き出した。今の暗号技術のままでは、量子コンピューター時代が到来した時、こうした被害が続出する可能性がある。

 そこで、GVEは量子コンピューターにも破られないような仕組みとして、情報を送る際に「かける鍵」をユーザー一人ひとり、さらにさまざまなサービスごとに個別の鍵を作るという発想に至った。

 これを「個別秘密鍵」と呼ぶ(図)。この鍵を使えば、いくら量子コンピューターが完成しても、従来のRSA暗号のように公開鍵を基に推測するという方法は取れない。したがって鍵は破られないことになる。この仕組みが、今回特許として認められた。

 個別秘密鍵は、現在の公開鍵とは全く異なる。量子コンピューターが実現しなくても公開鍵方式から移行した方が高レベルの安全性を実現できると房氏は言う。

 個別秘密鍵というアイデアの実現には、もう一つ技術的なブレークスルーが不可欠だった。それは、個別秘密鍵の実用化には、ユーザー一人ひとりに、それもサービスごとに異なる個別秘密鍵を与える必要があり、それだけ多くの鍵を用意しなければならない。例えば1億人がそれぞれ10のサービスを利用するなら、それだけで10億個の個別秘密鍵が必要になる。世界には80億人の人口と3億の法人がある。これだけの個人、法人に対応するには膨大な数の鍵を揃えなければならない。GVEはこれに対応するシステムも作り上げたという。

 ただし、あくまで革新的なのは個別秘密鍵というアイデアである。「個別秘密鍵は誰も挑戦していない領域。サイバーセキュリティーは“ブルーオーシャン”だ」(房氏)。ブルーオーシャンとは従来存在しなかったまったく新しい市場を指し、過当競争市場を意味する「レッドオーシャン」の対極にある。

基本特許の威力

 GVEは米国でも特許成立を目指す。房氏は、「国際出願により日本で特許化できたので、米国でも新規性が認められると考える」と話す。その先は、カード会社などに働きかけ個別秘密鍵方式への移行を促すのか?と房氏に問うと、「働きかけなくても、従来方式が危ないと知った時点で、カード会社の方から『特許技術を使わせてほしい』と来るだろう。基本特許を握るということは、そういうことだ」との答えが返ってきた。

 個別秘密鍵は、これまでに似通った発明もなく独自性が高い。これは基本特許の特徴だ。基本特許を握り成功した企業の代表格は、今世紀に限れば間違いなく「ビッグテック」と呼ばれる米国の巨大ITだ。アップルは「スマートフォン」という新しい概念を発明し、その技術的特徴を基本特許にした。今では、さまざまなメーカーが採用し特許料を支払っている。基本特許の発明者は、アップルのように自ら「iPhone」のようなメガヒット商品を生むと同時に膨大な特許収入を得る。

 グーグルもウェブページの重要度を決める「ページランク」という検索エンジンの中心技術で、また、アマゾンもネット通販などで導入されている注文・決済が「ワンクリック」で完了する仕組みによって、基本特許を取得している。

 22年7月末時点で世界の企業の時価総額ランキングのトップ層を占めるのが米ビックテックだ。350兆円でトップに立つアップルをはじめ、マイクロソフト(3位)、グーグルの親会社アルファベット(4位)、アマゾン(5位)が名を連ねる。そして、アップル、グーグル、アマゾンは基本特許を基にビジネスを拡大してきた。

 一方で日本勢がネット時代に乗り遅れたといわれるのは、影響力の大きい基本特許を持てなかったことも一因とされる。

 新ビジネスの創出において基本特許となりうるような発明を目指す道は、難易度が高い。そこで、“ビッグテックが構築したプラットフォーム上で稼げる仕組み作り”を選ぶ日本企業は多い。基本特許ではないが、そこから派生する改良特許でビジネスを興すのだ。

 これに対して、まだ世の中に登場していない新しいものを生み出そうとすることは、より険しい道だ。それだけに成功で得られる果実は大きい。iPhoneを世に送り出したアップル創業者のスティーブ・ジョブズ、米スタンフォード大在学時に検索エンジンの論文を発表したグーグル共同創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、パソコンOS「ウィンドウズ」を生んだマイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、その典型だ。

 量子コンピューターが実用化された時、個別秘密鍵が情報セキュリティーに欠かせない要素として世界中で使われるようになれば、日本からビッグテックが生まれる可能性もある。

(大堀達也・編集部)

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