追悼・稲盛和夫氏 「稲盛経営」の強さの秘密はどこにあったのか
京セラの創業者で、KDDIの設立や日本航空の再建にも関わった戦後を代表する経営者、稲盛和夫(いなもり・かずお)氏が8月24日、老衰のため亡くなりました。90歳でした。追悼の意を込め、週刊エコノミストが2013年9月に掲載した稲盛氏のインタビューを再掲します。
『燃える闘魂』発刊記念・稲盛和夫特集 インタビュー 稲盛経営の神髄を探る(2013年09月17日)
一代で京セラを世界的大企業に育て、第二電電(現KDDI)で通信事業に参入して成功、最近では日本航空の再建請負人として手腕を発揮した。強い企業をつくる稲盛経営の本質とは。(聞き手は当時の週刊エコノミスト編集長、横田 恵美)
「経営者の意識を変え、全員参加の仕組みをつくれ」
── 日本航空(JAL)の再建を可能にした秘訣は。
稲盛 JALの会長職は全く思っていなかったことで、何度も断った。一介のものづくり屋で、任ではないと申し上げたのだが、政府と企業再生支援機構にどうしてもと言われて、最終的には押し切られた。
その時、考えたのは、JALを救うのは意義のあることだということだ。もしJALが2次破綻すれば、日本経済に大きな影響を与える。また、JALの従業員は1万6000人が早期退職を余儀なくされたが、それでも3万2000人が残っており、彼らの職を守るのも大切なことだ。それから、JALがなくなれば、日本の大手航空会社が1社になってしまい、業界の健全な競争が損なわれるのもよくない。その三つを考えて、本意ではないけれど、引き受けることにした。
着任して、まず幹部を集めて会議をした。その時の印象は、官僚的でエリート然とした連中で、会社がつぶれたという意識が全くないということだった。腹のなかでは、「製造業のじいさんが来て、一体何ができるのか」と思っているのは、顔を見ればすぐに分かった。
この組織はどうなっているのかと、組織図を見せてもらい、話を聞くと、本社の経営企画など一部のエリートがすべてを決めて、下におろして実行する組織だということが分かった。だが、ここにいる幹部たちが、社の末端の人たちの仕事やその苦労、問題をどこまで分かっているのかはなはだ疑問だった。一握りの人が全体を仕切る組織ではだめで、全社員の協力がなければやっていけるわけがない。そこでまずやったのは、官僚的なエリート集団の意識改革と、JALの組織をみんなが責任を持つ体制に変えることだった。
── しかし、簡単には変わらないでしょう。
稲盛 彼らからすると、何も分かっていないじいさんがカリカリして話をするという受け止め方で、なかなか素直には聞いてくれない状態だった。だから私は、生意気で不遜な態度を取る幹部社員には厳しく指摘した。人間はリーダーになればなるほど、謙虚さが必要で、こういう事態になったことを自分自身が反省しなければならないのだと。
それでも簡単には変わらなかった。そこで私が何度も言ったのは、JALは倒産したんですよ、大勢の人に迷惑を掛けたのですよ、辞めていった1万6000人の社員、株主、金融機関などに大変な迷惑を掛けているんですよ、ということ。本来なら皆さんは職探しをしなければならないはずだ。恵まれていることに感謝して、努力してほしいと話した。
そして、意識改革として、本当にベーシックな道徳観、すなわち「人間として正しいことをする」「うそはつかない」「利他の心」などのフィロソフィ(哲学)を提示して、こうしたものを持って生きていかなければならない。人生を生きるのも企業を経営するのも一緒だと説いた。
── それがうまく浸透したのか。
稲盛 2月に着任して連日そんなことをやっていた。最初は「じいさんが何か変なことを言っている」という状態だったが、4~5カ月経った頃、なかには腑に落ちる人が出始めた。ある日の会議で、一番古手の幹部が皆の前で、「今まで、そのくらいのことは知っていると思っていたが、そうした道徳観に基づいてきちんと行動してきたかというと、まったくできていなかった。それがJALの倒産に結びついたと思う。自分たちの考えを変えることが一番大切だということに初めて気がついた。とても大切なことなので、職場でも広めていきたい」と発言した。すると、その波紋がわーっと幹部社員のなかに広がっていった。
「苦しい試練を克服してこそ人は育つ 経験がないなら頭で考え自分を変えよ」
── 意識が変われば、稲盛経営のもう一つの要である「アメーバ経営」もうまくいくのか。
稲盛 みな頭のよい連中なので、意識が変わればすっといく。アメーバ経営は「部門別採算制度」で、全社を小集団に分けて、それぞれにリーダーを置いて独立採算で経営を見ていく。JALは3万人の大組織なので、アメーバ経営の2人の専門家が、実際の仕事の内容を精査して、組織を再分割して部門別採算が分かるようにした。個々の部門の月々の採算が分かるようになるまで5~6カ月ぐらいかかった。
私が着任してすぐに思ったのは、飛行機を飛ばすのだから、路線ごと、あるいは1便ごとに採算が分からなければ経営にならない、ということだ。ところが、路線が赤字か黒字かは1~2カ月たたなければ分からず、日々、あるいは1便ごとには把握できていなかった。今はそうやって経営している。世界の航空会社のなかでJALが最初ではないかと思う。
── JALの再建には、公的資金の注入や債務削減などが行われ、全日空(ANA)が不満を持っている。
稲盛 ANAさんがネガティブな気持ちを持つのも分からないではない。JALは官に後押しされており、日本では官と民には差別がある。私自身も、京セラや第二電電(現KDDI)を育て、官に保護された企業はけしからんと思っていた。
ANAも民間企業としてこれまで辛酸をなめてきたはずだ。JALが倒れたので、ようやく自分たちの時代が来ると思ったと思う。ところがJALが不死鳥のように蘇ったのだから、誤算だったのだろう。
しかし、JALへの批判は正当ではない。確かに政府保証を受けて運転資金を借りたが、7%の金利を払ってすべて返済した。3500億円の資本金を注入してもらったが、上場して3000億円をプラスして返した。税金は使っていない。
── 経営には、闘争心がなければならないと強調している。JALでもそれを植え付けたのか。
稲盛 それはあまりしなかった。ただし、コンパ(飲み会)の席では、一杯飲みながらよく言っていた。誰にも負けない努力が大切で、人が見ていようがいまいが、一生懸命努力をしろ、勇気、責任感、使命感が大切だと。だからコンパでは、軍歌をよく歌った。航空会社なので、加藤隼(はやぶさ)戦闘隊の歌、♫エンジンの音轟々(ごうごう)と……とか(笑)。
── JALを再建して日本経済に元気を取り戻したいという願いもあったと聞くが、それは達成できたか。
稲盛 JALが不死鳥のように蘇れば、苦境に立っている日本の経営者もやればできると奮い立って、日本経済にもいい影響を与えられたらいいと思っていた。しかし、その効果が出ているとは言えず、残念だ。今回出版する『燃える闘魂』は、そうした思いを込めており、何か役に立てればと考えている。
── 最近の経営者は利益への執着心が薄いように感じられる。
稲盛 営業利益率(売上高に占める営業利益の割合)が3~4%でいいと思っている経営者は多い。しかし、3~4%では売り上げがちょっと変動したら利益が吹っ飛んでしまう。売り上げが7%落ちたら、もう赤字かすれすれになる。それでは安定した経営はできない。もし経営者としての責任感があれば、社員も株主ももっと安心できる経営をしなければならないと、強く思うはずだが、年功序列で出世して、社長の順番が回ってきたという経営者は、責任感も使命感も薄い人が多いと思う。
── なぜそうなったのか。
稲盛 今の50~60代の経営者は、若い頃がバブル経済の絶頂期だった。その後、バブルが崩壊しても、生活がそれほど苦しくなることはなく、20年間ずっと来ているので、ぬるま湯のなかで生きてきた。平穏ないい環境のなかでエリートとして育ってきた。本来、人間をつくるには波瀾万丈の経験が必要だと思う。苦しい環境のなかで試練を克服して、人間性を培っていかなければならないが、幸か不幸かそうではなかった。
だから、今の世代は経験ではなくて、自分の意識のなかで変えていかなくてはならない。頭で勉強してでもいいから、意識を変えていく必要がある。『燃える闘魂』にはそういう意味もあると思う。
── 日本では、スティーブ・ジョブズ氏やビル・ゲイツ氏のような社会を変える経営者はなかなか出ない。日本の経営や企業の強さはどこに求めればよいか。
稲盛 米国は拝金主義というか、自分の能力を発揮して富を稼げばよいという社会だ。つまり、欲望を原動力にしてイノベーションを生み出している。それが米国の良さかもしれないが、一方で、企業の経営者や幹部と一般の労働者の賃金格差が大きい格差社会を生んでいる。
日本の場合はそのような金銭的なインセンティブはないので、意識改革、すなわち自分の精神的なものを変えていくしかない。日本はいったん意識が変わり、「なにクソっ」となれば力を発揮する素地はある。我々が子供の頃は、いいか悪いか別にして、竹やりで米国と戦うといった大和魂、すさまじい闘魂というものがあった。それは欲望ではなくて、責任感とか使命感だった。
客室乗務員にも販売に興味を持ってもらう
── 経営者の責任感とともに、組織には仕組みが必要では。
稲盛 現場が責任感を持つシステムをつくる必要がある。
現場のことは現場が一番分かっているのだから、現場の長にすべて任せるなど仕事の分担、組織のあり方、会計管理の仕方も見直さなければならない。一握りのリーダーが会社を引っ張るのと、社員全員が経営に参加するのでは全然違う。
例えば、JALの客室乗務員について話をしよう。機内販売もしている。私がどういう販売をしているのか尋ねると、会社が商品を決めて、機内で販売しろというのでやっている、と言う。そこで私は、「百貨店が展覧会などいろいろな催し物をやっているのはお客にまず来てもらうためだ。皆さんの場合は、はじめから機内に乗客がいて、長距離便なら10時間以上も密室に閉じ込めている。こんな有利な商売の環境はない」と話した。
皆さんが欲しいと思うものを、自分たちで仕入れて売れば、儲けも大きいのでよく勉強してほしいと言った。今では機内販売だけで何億円も利益が出るようになった。今は、これを売ればいくら利益が出るというのが分かるから、八百屋のおばさんのように売ることに興味がある(笑)。
── 最近はどんな毎日を。
稲盛 JALに週に1~2日、京セラも週に1~2日、あとは家でごろごろしていることが多いかな。本当にぐうたらになったと思います。
── そうだとまた企業再建にお声がかかるのでは。
稲盛 いや、もう引き受ける気はない。私が設立した稲盛財団の事業で、「京都賞」というのがある。毎年、先端技術、基礎科学、思想・芸術の分野で、優れた業績を上げた人を顕彰している。今までは仕事が忙しくて、事務局任せにすることが多かったが、これからはもっと積極的に関わっていきたい。
“追っかけ”もいる経営勉強会「盛和塾」
── 稲盛さんが塾長を務め、中小企業の経営者が集まる経営勉強会「盛和塾」はどうか。
稲盛 世界で8500人、うち国内で6600人の塾生がいる。そのうち200人ぐらいは“追っかけ”というか、月に1度くらい私が出席する盛和塾に毎回来る人がいる。毎回来て仕事をおろそかにするようではいけないと調べてみると、追っかけの経営者の企業の方が経営状態がよいという結果が出て驚いた(笑)。
私はどんな商売でも、売り上げの10%ぐらい利益が出ないと意味がないと言っている。昔は皆、そんな無茶なと言っていたが、今では10%の企業はざらにある。
中小企業の経営者は、利益が出ても税金で半分持っていかれるので、あまり利益が出ると困ると思っている。利益が出そうになると、まず考えるのは脱税だ。税金で持っていかれるくらいなら、交際費や何だと経費として使ってしまう。つまり、企業は利益を出すのが目的なのに、深層心理には利益が出ないようにしたいという矛盾がある。これでは企業は成長できない。
私は、税金は経費と考えなさい、税引き後の利益が本当の利益だと思いなさい、と言っている。税金を払って社会に貢献する企業がなければ、国も地方自治体もやっていけない。そういう話をしてきた。
── 稲盛さんは民主党を応援してきたが、昨年の総選挙で大敗して政権交代してしまった。
稲盛 民主党を応援していたのは、自民党の一党支配が長過ぎたからだ。いい加減な政治をしたら、政権が交代することが、民主主義として大切だと若い頃から思っていた。そのためには2大政党が必要で、自民党に対抗できる野党をつくらなければと思って応援した。
やっと政権交代が起きて、期待したが、結局、民主党には人物がいなかった。鳩山(由紀夫)さんも、菅(直人)さんも問題があり、期待した政策運営ができず、みじめな結果になった。小沢(一郎)さんは政治献金問題があったが、そうでなくても、もう小沢さんの時代は終わったと思う。今は全く政治に興味がなくなった。
(構成=藤枝克治・編集部)