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週刊エコノミスト Online ウクライナ戦争

「戦う核同盟」へ脱皮したNATO ロシア・中国に「倍返し」の戦略=丸山浩行

ルーマニアに配備されたNATOの戦車 Bloomberg
ルーマニアに配備されたNATOの戦車 Bloomberg

 フィンランド、スウェーデンを新たに加えて32カ国の大所帯となった北大西洋条約機構(NATO)が、6月にスペインのマドリードで首脳会議を開き、今後10年の安全保障の指針となる「新戦略概念2022」を採択し、これまでの「不戦の核同盟」から「戦う核同盟」への脱皮を宣言した。

 NATOが「不戦の核同盟」を誓ったのは、12年前、ロシアのメドベージェフ大統領(当時)が出席したリスボン首脳会議(2010年11月)だ。同会議採択の「戦略概念2010」は、「NATOとロシアの真実の戦略的パートナーシップ」に期待し、ロシアによる通常攻撃や核攻撃の脅威は消滅したと公言した。だが、そのロシアが、いま、NATOに核攻撃の脅しをかけながら独立国家ウクライナへの侵略戦争を強行している。ロシアの野心を阻止するため「戦う核同盟」への脱皮を決断したNATOは、これからどう変わるのだろうか。

冷戦の勝利が目を曇らせた

 NATOは世界最大の「核同盟」だ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)や米科学者連盟(FAS)などの21年推計で、32カ国の兵員数は約331万人、国防費総額は約1兆510億米ドル、保有戦略核弾頭は米1644発、英225発、仏300発を数える。ロシア(90万人、90億ドル、1588発)、中国(204万人、2930億ドル、350発)の追随を許さない圧倒的な存在感を誇っている。

 そのNATOは、「戦略概念2010」で「不戦の核同盟」を誓っていた。当時、ヨーロッパと北米の両大陸を「平和、安定、安全の共通空間」とする夢を描き、ロシアに手を差し伸べて、ライバルから「戦略的パートナー」に変身させる大胆なビジョンに着手したばかりだった。

 ほぼ半世紀におよぶ米ソ冷戦はNATOの勝利に終わり、ロシアによる加盟諸国への「通常攻撃の脅威」や「核兵器使用の危険」は消滅した、ロシアはもはや敵国ではないと考えられた。

 どうやら、冷戦勝利という「歴史的な成功」体験が、ロシアを見るNATOの目を曇らせていたようだ。ウクライナ侵略戦争を始めてから、その正当化のために、プーチン大統領は本音を語る演説を数回行った。5月9日の「ロシア戦勝記念演説」では、「我々は違う。……千年来の価値観を決して捨てない」と強弁した。また、6月11日には「若手経済人および科学者との対話」で、「ピョートル大帝は何をしたのか。領土を取り返し、国を強化したのだ。我々も領土を取り返し、国を強化する番だ」と語った。

 つまり、決して捨てないと豪語した「千年来の価値観」は、ピョートル大帝(1682~1725年)やエカチェリーナ女帝(1762~96年)のように、ポーランド、バルト3国、フィンランド、ウクライナなどの近隣諸国やその領土を、「侵略ではなくロシア領土の取り返し」という名目で次々と征服、併合した昔日のロシア帝国の膨張主義的、好戦的な価値感を指しているのだ。

 2014年のウクライナ東部ドンバス地方への武力干渉や、南部の要衝クリミア半島の併合作戦の時点で、NATOは、プーチン大統領の本音を察知すべきであった。しかし、2月24日のウクライナへの全面的な侵略作戦勃発までそれができなかった。

 当日、約20万人のロシア軍機甲部隊が、北部(首都キーウ攻略)、東部(第2の都市ハルキウ攻略)、南部(黒海海港都市オデーサ攻略)の3本の進撃軸にそってウクライナ全土に殺到したが、ウクライナ軍の強靭な抵抗にあって、短期制圧の戦略目標達成は頓挫してしまった。この作戦頓挫にもかかわらず、プーチン大統領は、「千年来の価値観を決して捨てない」と豪語し、今度は、東部ドンバス地方の全面制圧に目標を転換してウクライナ侵略戦争を続行している。

スペイン・マドリードで6月に開催されたNATO首脳会議 Bloomberg
スペイン・マドリードで6月に開催されたNATO首脳会議 Bloomberg

 事ここに及んでNATOも、従来の戦略では、プーチン大統領の野望を阻止することはできない、と自覚せざるをえなかった。ロシアを見るNATOの目は、こうして、ふたたびその視力を回復し、険しさ、鋭さを倍化することになった。

 6月29~30日に開かれたマドリード首脳会議では、プーチン大統領の侵略戦争がウクライナからポーランド、バルト3国、フィンランドなどに波及するのを阻止するために、「不戦の核同盟」から「戦う核同盟」への大胆な脱皮を宣言したが、これは、ロシアを見る視力回復の賜物だった。

「千年来のロシア価値観」との戦い

 NATOの「戦う核同盟」への脱皮とは、何か。それは、NATO加盟を果たしたポーランド、バルト3国、フィンランドなどに、その一部もしくは全部を再びロシア領として取り戻すという「千年来の価値観」を公言するロシアによる脅威が迫っていると認識するだけでなく、侵略勃発時にこれらの国を守るため、通常戦争や核戦争を戦う「意志」と「能力」をNATOが確立することである。

 この「戦う核同盟」の指令書が、「戦略概念2022」だ。それはまず、「我々の世界は(ロシア、中国との)争いの場となり、予見できないものとなった。ウクライナに対するロシアの侵略戦争が平和を打ち砕き、我々の安全保障環境を著しく悪化させた」と指摘。

 また、ロシアを事実上、敵国と認定して、こう書いている。「ロシアはユーロ・大西洋圏における同盟の安全、平和、安定に対する最大で直接の脅威である。核使用の脅迫的なシグナルを頻繁に発信しながら、ロシアは核戦力の近代化、新型の破壊的な通常・核両用戦力の拡充を進めている」

 敵国認定した2番目の国が中国である。「戦略概念2022」は中国にはじめて言及し、「その野心や脅迫的政策が我々の利益、安全保障、価値観に挑戦している」と指摘した。つまり、「中国は、法に基づいた国際秩序の転覆を画策しているばかりか、ロシアとの戦略的連携の深化によって、我々の価値観や利益に脅威を与えている」というわけだ。

 中でも重要なのは、次のような挑戦的な記述である。「NATOに対する核使用は戦争の性格を根本的に変える。同盟(NATO)は、核使用を決断する公算の高い敵国に対して、受忍不可能なコストや、敵国が期待する戦果をはるかに上回る損害を強要する能力と決意を持っている」

 ちなみに、米オバマ政権時代の核戦争計画(極秘「OPLAN8010-12」)には、米国が「敵国の戦争プランに決定的な影響力を行使する唯一の手法は、核攻撃開始による敵国の利益を拒否できる『意志』と『手段』を保有すること」という、よく似た記述があった。

 トランプ政権時の改定版にも、「核抑止とは、受忍不可能な反撃の脅威、すなわち、核攻撃にる利益よりも反撃によって被るコストが大幅に上回ることを自覚させて敵の行動を食い止めることであり、核攻撃を企図する敵のマインドに(2倍返し・3倍返しの)反撃にさらされる恐怖感を植えつける策術である」との記述がある。

 NATOは、このように新しい「戦略概念2022」のなかに、ロシア、中国の指導者たちのマインドに2倍返し・3倍返しの核報復にさらされる恐怖感を植えつけることで、「バルト3国・ポーランド有事」や「台湾有事」を未然に抑止するという戦略プランを取り入れて、「不戦の核同盟」から「戦う核同盟」への脱皮をはじめた。また、この遠大な目標実現のために、着実に布石を重ねている。

 1番目の布石は、バルト3国、ポーランド、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、スロヴァキアの8か国に配備される「NATO即応部隊(NRF)」の4万人を30万人へと7倍以上に増員して、新加盟のフィンランド、スウェーデンを含めた防衛体制を盤石なものにすることだ。

 2番目の布石が、米、英、仏の核戦力および、米国が開発したB61-12核爆弾100発をベルギー、オランダ、イタリア、ドイツ、トルコの戦闘機が運用する体制の強化によって、2倍返し、3倍返しの強靭な核反撃の意志や能力を構築すること。

 3番目が、NATOのグローバル化構想だ。ヨーロッパの大陸覇権をめざすロシアと、インド・太平洋の海洋覇権をにぎろうとする中国は、「千年来のロシアの価値観」と「4千年来の中国の価値観」の戦略的連携をはかって成果をあげている。他方、NATOがヨーロッパと北米に限定された「核同盟」にとどまるかぎり、インド・太平洋地域で影響力を拡大する中国やロシアの勢いを食い止めることは難しい。

 そのNATOのグローバル化の拠点となるのが日本である。これは、ウクライナ有事からはじまったNATOの「戦う核同盟」への脱皮と、台湾有事、南シナ海有事の切迫化に触発されたインド・太平洋地域における日本、米国、オーストラリア、ニュージーランドなどの「戦略的連携」への動きをドッキングして、ロシア、中国の動きを牽制、阻止しようとする野心的な試みである。

7月にドイツで行われたNATOの軍事演習 Bloomberg
7月にドイツで行われたNATOの軍事演習 Bloomberg

問われる日本の選択

 世界は、いま、ロシアのウクライナ侵攻によって、ロシア、中国とNATOおよび日本、オーストラリアなどインド・太平洋諸国との争いの場となってしまった。「千年来のロシアの価値観を決して捨てない」と豪語するプーチン大統領が、その矛先をウクライナからポーランド、バルト3国、フィンランドなどに転じる危険性はかなり高い。インド・太平洋に目を転じれば、「一つの中国」という「4千年以来の価値観」を国是とする中国が、「台湾有事」や「南シナ海有事」を引き起こす公算は小さくない。

 その時、日本はどうするのか。「不戦の核同盟」から「戦う核同盟」に変身をとげたNATOに同調するのか。それとも、他の道を模索するのか。

 NATOにならって日米同盟を「不戦の核同盟」から「戦う核同盟」に格上げする場合には、ロシア、中国指導者のマインドに2倍返し・3倍返しの恐怖感を植えつけるために、日本もまた、「持たず、作らず、持ち込まずの非核3原則」を一部改定して、米国の中距離核弾道ミサイル、核巡航ミサイルの日本配備や核共有に踏み切るという極めて困難な決断を下さなければならない。

 2番目の選択肢は、日米同盟をあくまでも「不戦の核同盟」におしとどめ、自国に対する拡大核抑止(核の傘)は、すべて米国の戦略核戦力に委ねることである。しかし、日本が核抑止のリスクやコストの負担を拒否し続けるということになると、日米同盟そのものが弱体化し、台湾防衛ばかりか、尖閣諸島、先島諸島、沖縄諸島の防衛すらあやうくなる危険性がある。

 3番目のオプションは、ロシア、中国と米国、NATOとのあいだの「価値観」「世界観」の争いから手を引き、「核兵器や戦争のない世界」のためのリーダーシップ発揮に専念することである。しかし、そうした試みは、世界中に実在する非道な侵略行為に無抵抗な空白地帯をつくりだしかねない危険性を伴っている。

 ウクライナと日本は、いま、ヨーロッパとインド・太平洋の両地域で、二つの「価値観」の攻防の最前線に立っている。しかし日本の安保論議は、「敵基地攻撃能力の是非」や「GDP比2%防衛費の功罪」といったテクニカルな問題に限られている。日本が直面している課題を正面から受け止め、タブーなき論争によって、この迷路のような現状の打開策を探るべき時なのである。

(丸山浩行・国際問題評論家)

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