Super CubからYouTube、iPhoneまで 実例に学ぶ「創発戦略」=藤原雅俊
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どれほど優れた企業であっても、事前にすべてを見通すことは難しい。ユーチューブやiPhoneもまた、事後的な学習が経営戦略に生かされている。
ユーザー観察で得られた事後的な学習を戦略に組み入れる能力
とかく先を見通しづらい世の中だといわれる。たしかに周囲を見渡せば、感染症対策や深刻化する環境問題、不安定な国際関係とそれに伴う経済安全保障問題など、さまざまな懸案ばかりである。こうなってくると、事前の戦略計画は実に心もとないものになる。計画の前提が崩れやすくなるからだ。
これに対処するには、事前に意図していた戦略を遂行する中で生じる多様なプレーヤーからの反応や出来事を巧みに取り入れ、戦略に生かしていくことが求められる。事後的な学習を戦略に組み入れるのである。経営戦略論の世界では、こうした考え方を「創発戦略」と呼ぶ。マギル大学(カナダ)のヘンリー・ミンツバーグ教授が以前から提唱している考え方だ。
その古典的事例は、ホンダの二輪事業が1959年に始めた米国展開である。当初彼らは、現地市場に適合すべく大型のバイクを投入したのだが、故障が頻発して困ってしまう。そうした中、さほど注力する予定のなかった小型バイク「スーパーカブ」に現地の大学生や市民の注目が集まっていることに気づいたホンダは、すぐさまカブ重視の戦略に切り替える。
販売店に改装を勧め、サービスメカニックに白い作業着を着てもらい、「素晴らしき人々、ホンダに乗る」というキャッチコピーで広告を打って、市民との距離を縮める施策を展開した。こうして最初は想定していなかった普通の人々向けに、主力視していなかった小型バイクを販売して現地事業を発展させたのだった。
戦略の創発性は今でもしばしば観察される。例えば、優良企業として名高い米国のグーグルやアップルについても、事後的な学習を生かした戦略展開を見いだすことができる。
パロディー動画に「衝撃」
グーグルの歴史をひもとくと、同社が動画投稿サイトを運営するユーチューブを買収するまでの過程が興味深い。同社がビデオ事業(グーグル・ビデオ)を開始して動画の共有や映画配信を目指し始めたのは、2005年1月であった。
ロバート・キンセル氏(現ユーチューブ最高ビジネス責任者=CBO)が『YouTube革命』(文藝春秋)の中で振り返るところによれば、同事業を率いていたスーザン・ウォシッキー氏(現ユーチューブ最高経営責任者=CEO)は当初、映画やドラマなどをオンライン配信すべく、ハリウッドのスタジオとの契約を目指していた。
しかし、グーグル・ビデオでヒットしたのは、プロによって入念に作り込まれた動画コンテンツではなく、ジャージー姿の中国人大学生2人によるパロディー動画だった。有名グループの楽曲を口パクで熱唱する2人の動画が多くの再生回数を記録したことに、ウォシッキー氏たちは衝撃を受けた。そして、人々はハリウッドではなく、ユーザーが作った動画を見たいのだと学び取ったのである。
ユーチューブが誕生したのは、グーグル・ビデオ開始1カ月後の2月のことだった。先のパロディー動画はユーチューブでも好評を博…
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週刊エコノミスト
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