「日銀が動いても焼け石に水」、円安トレンドの転換にはFRBの利上げ終了が必要 亀田制作・前日銀局長
―― 足元で円安が進行している。
亀田 日米の金利差がこれだけあるので、米国の大幅な利上げ局面が終わらない限り、なかなかドル高・円安トレンドは止めようがないと思う。日本銀行に利上げを求める声もあるが、米国が大幅な利上げを続ける限り、為替市場を含む金融市場は、結局最後は米国の動きで決まっていく。したがって、日銀が政策を微修正する程度では「焼け石に水」である。
一方で、潜在成長率が依然として0~1%未満しかない今の日本経済では、日銀が大幅な利上げをしてしまうと国内景気への悪影響が避けられない。私はこうした理由から、これまでも日銀は動かないと予測してきたが、今週末の会合でも政策修正の可能性は低いとみている。
ドル高・円安の局面が変わってくるのは、米国の物価動向と、それに合わせた米連邦準備制度理事会(FRB)のスタンスの変化を待たないといけないだろう。
―― 政府・日銀は21日以降、複数回為替介入に踏み切ったと観測されているが、この影響をどうみるか。
亀田 為替介入は市場へのけん制により短期的に時間を稼ぐ政策であって、ドル高・円安のトレンド自体を覆す力はない。政府もそれは分かったうえで介入しているのではないか。この先も介入の可能性はあるが、為替の大きな流れを止める力は相変わらずないとみている。
―― 米国のインフレは沈静化の兆しが見えていないことを考えると、円安のトレンドはしばらく続くということか。
亀田 私自身は当初、FRBは米国の中間選挙が終わったあたりから利上げ一辺倒ではなく、インフレと景気のバランスをみながら政策運営する姿勢に変わっていくと予想していた。しかし、思ったより米国の消費者物価指数(CPI)が落ちてこないので、FRBの利上げとドル高・円安の流れはもう少し長引く可能性が高い。
そうはいっても、今年度末から来年度初めにかけて、FRBの利上げ打ち止め感はさすがに出てくると考えている。実際にFRBの利上げ幅が小幅になってくれば、ドル高の動きも落ち着いてくるだろう。
ただ、米国CPIが目標の2%を大幅に上回る状況は長く続くため、市場参加者が期待しているように、来年度のどこかではっきりとした利下げに転じるという可能性も低いのではないか。FRBはようやく得たタカ派としての信認を失わないように行動することが正しく、利上げした後の水準近辺で政策金利が高止まりする状態が当分続くとみている。
―― FRBが急速な利上げを続けることによる世界経済への影響をどうみるか。
亀田 米国以外の各国は、米国の急激な利上げとドル高から既にダメージを受け始めている。金融引き締めが景気に与える影響に時間的なラグがあることを踏まえると、来年度、再来年度の世界景気には悪化要因となる。先行きの日本経済にとっても、最大のリスクは海外景気、すなわち外需の悪化であると考えている。
―― 景気後退(リセッション)の可能性はどの程度あると考えているか。
亀田 現在のグローバル金融市場には、米国利上げの影響のほかにも、英国やイタリアの政治的な不安定さ、中国やロシアを巡る地政学リスクの高まりなど、不確実要因が大変多い。世界経済全体で連続したマイナス成長に陥ることまでは想定していないが、減速感が鮮明になってくる展開を予想している。
「誰が総裁になっても難しい」
―― 政府が円買い介入をして円急落を阻止する一方で、日銀は金融緩和を続ける「ズレ」についてはどう考えるか。
亀田 私自身は、ズレだとは思っていない。というのも、為替介入は円安・ドル高のトレンド自体を変えようとしている政策ではなく、あくまで時間を稼いでいるだけだと理解している。日銀の超低金利維持政策を政府が表立って否定したことはなく、政府は円安に伴う物価高、それによる個人消費への明らかなマイナスの影響に対しては、財政政策、具体的にはエネルギー価格抑制などの補助金政策で対応しようとしている。「ポリシーミックス」としておかしな姿ではなく、政府と日銀が右と左、逆の方向を向いているとは思わない。明らかに逆を向いていたのは、退陣に追い込まれた英国のトラス政権のようなケースだ。
―― 黒田東彦日銀総裁の後任人事に注目が集まっている。
亀田 後任人事の件についてのコメントは差し控える。ただ、先ほど述べたとおり、日本の潜在成長率が非常に低いことなどを考えると、誰が総裁になっても抜本的な出口政策や大幅な金利引き上げはできないと思われるため、引き続き金融政策の舵取りは難しい局面が続く。
FRBの利上げ局面が一服し、日銀が新体制になった後には、金融政策の枠組み見直しの機運も高まると予想しているが、それは短期的な為替動向に対する反応という形ではなく、より長いタームで、特にこのコロナ禍、グローバルインフレ下の日本の金融政策と経済・物価をもう一度きちんと振り返るという形で進んでいくのではないか。
国際金融面のテールリスクに警戒
―― 日銀の異次元緩和、イールドカーブ・コントロール(YCC)政策の効果については、どうみているか。
亀田 国内景気を押し上げ、それによって物価も、2%の物価安定目標には全く届いていないが、デフレではない状態にしたという点でプラスの効果があったとする日銀の見解には同意する。
その上で申し上げると、最近は、金融市場や国民に対するコミュニケーション面の問題が大きくなってきていると感じる。一般に金融政策にはコミットメントの強さとフレキシビリティー(柔軟性)の確保との間にトレードオフ(相反)があるが、現在のように環境が激変する中では、柔軟性がより問われる。FRBの今の苦境も、2020年に導入した「平均インフレ目標」へのコミットから始まっている。
―― そもそも、日本経済の実力をどうみているか。
亀田 残念ながら、コロナ流行を経て、日本経済の底力がさらに弱くなっている可能性はあると思っている。コロナ前は人口減少や高齢化の問題が言われていたが、それは今も解決していない。加えて、デジタル化についても、コロナ禍をチャンスに変えてそれを加速させた米国をはじめとする海外勢と違い、日本は波がとても弱い。今後のデジタル投資競争や、デジタルを使った生産性向上などで、また欧米に後れを取ったのではないか。
―― 来年度の世界経済を展望したときに、一番のポイントはどこか。
亀田 やはり海外経済の減速がどれくらい大きくなるかが一番のポイントだと思う。それに関して、グローバルな金融システム面で、これまで隠れていたひずみが顕在化してくる可能性にも警戒が必要だ。既にスイス金融大手のクレディ・スイスの経営再建問題が浮上している。
金融機関経営という視点でみると、政府・中銀のコロナ対策による一時的な下支え効果がはく落しつつあり、一方で世界的な金利・物価環境はコロナ前から一変している。世界的な金融危機の再来とまではいかないにしても、一部の欧州系金融機関やファンドなど、経営基盤が元々脆弱(ぜいじゃく)な先で悪い動きが連続して表面化してくるといったテールリスク(確率は低いが発生すると影響が大きいリスク)にも警戒が必要な局面だ。(聞き手=斎藤信世・編集部)
かめだ せいさく
SOMPOインスティチュート・プラス プリンシパル兼エグゼクティブ・エコノミスト。1991年京都大学経済学部卒業、同年に日本銀行入行。2018年金融機構局審議役(金融システム調査担当)、20年調査統計局長などを経て、22年にSOMPOインスティチュート・プラスに入社、現職。