「雄弁、非白人、若さ」で「財政健全化、経済再建、保守党復興」に挑む英新首相 田中理
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近代英国史上、最も若くして首相に就任したスナク氏。数々の難題を抱えた中での新政権発足となった。
スナク氏就任で金融不安は後退
英国では10月20日、相次ぐスキャンダルで首相を辞任したボリス・ジョンソン氏に代わり、首相に就任したばかりのリズ・トラス氏が辞任表明に追い込まれた。わずか50日間の首相在位は、長い英国の憲政史上で最短だ。
与党・保守党は大急ぎで後継党首の選出手続きに着手し、前回党首選の決選投票でトラス氏に敗れたリシ・スナク元財務相を選出した。同氏は同25日、チャールズ国王から新首相に任命された。
2020年2月、前任者の辞任に伴いジョンソン政権の財務相に就いたスナク氏は、新型コロナウイルスに関連した政府の経済危機対応を陣頭指揮し、その堅実な手腕で評価を高めた。同氏は都市封鎖(ロックダウン)の間の経済活動や国民生活を守るため、一時帰休した従業員の給与補償や飲食店・娯楽事業者の付加価値税(VAT)減税など、総額4000億ポンド(約67・2兆円)近い巨額の財政出動を行ったが、同時に野放図な財政拡張路線に走ることがないよう、健全な財政運営の重要性を訴えた。
財務相時代には、23年からの法人税率の引き上げや、国民医療制度(NHS)を維持するため国民保険料率の引き上げなどを決めた。ジョンソン氏の後継を争った前回の保守党・党首選でも、インフレが沈静化した後の減税を主張、トラス氏が掲げていた大型減税案を「おとぎ話」と断じ、財政規律軽視の危険性を指摘した。
スナク氏は首相就任後、トラス減税の全面撤回を決めたハント氏を財務相に留任させたほか、党内の幅広い派閥の人材を閣僚に登用した。財政規律を重視するスナク政権の誕生により、金融市場の不安心理はひとまず後退している。ポンド相場はトラス政権誕生時の水準をほぼ回復し、トラス政権で4%台後半まで上昇した10年物国債利回りも3%台半ばに低下している(図1)。
だが、政府の経済・財政運営に対する信頼回復、景気悪化や生活費高騰への対応、保守党内の亀裂修復、次の総選挙を見据えた保守党の支持回復など、スナク新首相は数々の難題を抱えている。
「魅惑のリシ」
非白人・アジア系として初の英首相となったスナク氏は、インド系移民で医師の父、同じくインド系移民で薬剤師の母の下、1980年に英国南部のサウサンプトンに生まれた。スナク氏は小さな薬局の「長男坊」だった自身と、雑貨屋の娘だったサッチャー元首相の出自を重ね合わせ、幼少期の家業を手伝った経験が保守党的な価値観を培ったと振り返っている。
英オックスフォード大学を卒業後、大手投資銀行に就職。フルブライト奨学生として学んだ米スタンフォード大学で経営学修士(MBA)を取得、そこで将来の伴侶となるインドの大富豪の娘と出会った。英国に帰国後、ヘッジファンドなどで成功し、夫婦の保有資産は約7億3000万ポンドと、チャールズ国王夫妻の2倍に達すると報じられている。15年に庶民院(下院)議員に初当選し、わずか5年で財務相、7年で首相に上り詰めた。
42歳での首相就任は近代英国史上で最も若い。ついたあだ名は「魅惑のリシ」。スマートで雄弁、清潔感のある髪、細身のダークスーツを着こなすスナク氏は、英国で最もセクシーな国会議員に選ばれたこともある。
スナク氏は首相就任演説で、「我々は深刻な経済危機に直面している。経済の安定と信頼回復を政権の中心課題に据え、直面している課題に真摯(しんし)に取り組み、言葉ではなく行動でこの国をまとめていく」と決意を口にした。
その上で、「この政権は、あらゆるレベルで、誠実さ、専門性、説明責任を持ち、国民の信頼を勝ち取る。より強い国民医療制度、より良い学校、より安全な街、国境の管理、環境の保護、軍隊の支援を提供する。EU離脱のチャンスを生かし、企業が投資と革新と雇用を生み出し、…
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週刊エコノミスト
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