南西諸島の防衛に国産初の対地攻撃型ミサイル 高橋浩祐
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北朝鮮と中国の脅威を受け、防衛省は初の長射程対地攻撃型ミサイルを開発。しかし、その性能は当初の計画から大きく後退する。
北朝鮮と台湾海峡にらみ「早期配備」目指す
防衛省は2018年度、「島嶼(とうしょ)防衛用新対艦誘導弾」という新兵器の研究に着手した(誘導弾はミサイルと同義)。南西諸島を防衛するための「新地対艦ミサイル(新SSM)」とも呼ばれる。しかし、その実、新SSMが想定する射程は2500キロもあり、西日本から発射すれば中国の内陸部にあるミサイル基地にも届く長射程ミサイルだ。
燃費に優れる小型のターボファンエンジンを推進装置とし、飛行機のように翼を有して水平飛行する。射程、形状、性能の面で米国の巡航ミサイル「トマホーク」と共通点が多いことから、「国産トマホーク」「日本版トマホーク」と位置づけられてきた。軍事専門誌は「敵基地攻撃能力(反撃能力)になりうる自衛隊の長槍(ながやり)」と分析してきた。
ところが、マスコミ各社は10月下旬、日本政府が米国製トマホークの購入を目指し、米政府に打診していると一斉に報じた。さらに11月3日付の『日本経済新聞』朝刊は1面トップに「極超音速ミサイルで抑止 迎撃困難な反撃手段に 防衛省30年配備目標」と大見出しを載せた。極超音速ミサイルとは音速の5倍以上の速さで飛ぶミサイルのことだ。エンジンがある極超音速巡航ミサイル(HCM)と、打ち上げられた後に滑空するだけの極超音速滑空体(HGV)の2種類がある。日本は前者の開発を目指す。
「国産の新型」は立ち消えに
何が起きているのか。国産トマホークの計画はどうなったのか。
結論から言えば、新SSM=国産トマホークの装備化は立ち消えとなった。代わりに新SSMに関する研究成果は、陸上自衛隊が12年度から調達する「12式地対艦誘導弾(12式SSM)」という地対艦ミサイルを改良した「能力向上型」という別の新兵器に生かされ、それが新たな国産トマホークとなるだろう(以下、「12式SSM能力向上型」)。後述するように、その兆候となる出来事が次々と明るみに出ている。
防衛装備庁広報・渉外班は筆者の取材に対し、立ち消えとなった新SSMの事業は「あくまでも要素技術に関する研究」とし、今後の開発や装備化の計画については「何ら決まっているものはない」と強調した。ここで言う「要素技術」とは、長射程化技術やミサイルの残存性向上のためのステルス技術などを指すという。
なお、防衛装備庁は「研究」と「開発」をまるで違う意味で使っている。研究をしても、開発への道が閉ざされることがあるからだ。
防衛装備庁は新SSMについて「何ら決まっているものはない」と説明したものの、当初はその装備化が大前提となっていた。例えば、陸上自衛隊の1佐で退官し、防衛政務官や副外相を歴任した自民党の佐藤正久外交部会長は20年12月14日、ツイッターに次のように書き込んだ。
「対艦・島嶼防衛用のスタンドオフミサイルは、12式SSMだけではない。新SSM(島嶼防衛用新地対艦誘導弾)の研究開発も順調です。共に優れものの国産ミサイルです。(中略)新SSMはステルス性や残存性、射程もかなり優れものです」
スタンドオフミサイルとは相手の脅威圏外から発射できるミサイルのことだ。
半月後の同月29日、『産経新聞』(電子版)も「《独自》『国産トマホーク』開発へ射程2000キロの新型対艦弾 12式は1500キロに延伸」と報じ、防衛省が新SSMと12式SSM能力向上型の二つを開発するという見通しを示していた。
しかし、今から振り返れば、潮目が変わったのもこの頃だ。菅義偉内閣は同月18日、12式SSM能力向上型の開発を閣議決定した。これを受け、政府は21年度予算に新規事業として、実に335億円もの開発費を計上したのだ。既存の12式SSMは地上発射型だが、それ…
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週刊エコノミスト
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