教養・歴史書評

「意識高い系」男性作家をユーモラスに斬る快作 ブレイディみかこ

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 恋愛至上主義という言葉が日本にはある。故・瀬戸内寂聴氏は「恋と革命」と繰り返し言ったことで有名だが、元ネタは太宰治『斜陽』の中の「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」という言葉だろう。

 なぜに日本では恋愛がかくも崇高なものになったのか。恋愛中の人間の判断ほどヤバいものはないし、軽い狂気の状態にある人間を描くことが文学でもなかろう。恋愛至上主義の英訳はLOVE SUPREMACISMらしいが、それだと西洋の人々はアガペー(神の人間に対する「愛」)とかキリストの愛を思い浮かべるだろう。LOVEではなくROMANCEという言葉のほうが適当ではないか。ロマンス至上主義、である。

 そのあたりの日本文学の奇妙な特性を、「ロマンチック・ラブという『病』」と喝破したのがイザベラ・ディオニシオ著『女を書けない文豪(オトコ)たち イタリア人が偏愛する日本近現代文学』(KADOKAWA、1815円)だ。

 イタリア生まれの著者は、日本の文豪たちがこの病にかかったのは、明治時代の文明開化のせいだと言う。それまで日本人はけっこうファンキーに恋愛を楽しんでいたのに、戒律の厳しいキリスト教社会を背景とする西洋の「ロマンチック・ラブ」の概念が電灯や鉄道とともに輸入された。そして、いつの時代もそうであるように、西洋から入ってきた「ハイカラなもの」にまず飛びつくのはハイソな知識層だ。一般の人たちは生活に急がしく恋愛のことなんか考える暇もなかったに違いないが、文豪たちはエキゾチックな「恋愛」の概念に飛びついた。そして遅れて入ってきた概念だけに、本場の人々よりも真面目にそれを受け取ってしまい、幻の「ロマンチック・ラブ」を追い求め、日々煩悶(はんもん)するようになる。

 いや、あなたが気高い恋愛のために勝手にうじうじ思い悩むのはいいんですけど、そのとき、お相手の女性はどうしてらっしゃるんでしょうか、全くそ…

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週刊エコノミスト

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