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医師 中村哲③ 「欧米人の“物差し”で決めつけてはいけない」(1995年10月3日)

週刊エコノミストは、各界の第一人者にロングインタビューを試みてきました。2004年から「ワイドインタビュー問答有用」、2021年10月からは「情熱人」にバトンタッチして、息長く続けています。過去の記事を読み返してみると、今なお現役で活躍する人も、そして、今は亡き懐かしい人たちも。当時のインタビュー記事から、その名言を振り返ります。


アフガニスタンやパキスタンで農業や医療支援に携わり、アフガン東部ジャララバードで2019年12月に殺害された中村哲医師(当時73歳)。週刊エコノミスト1995年10月3日号では、かつての人気インタビューコーナー「この人と一時間」に登場し、活動について語っている。当時の記事を再掲する。※記事中の事実関係、肩書、年齢等は全て当時のまま

医師 中村哲氏

1995年10月3日号

「国庫から出る金に依存しすぎると失敗する」

(この人と一時間)

アフガンの戦闘が激しかったときから、難民の診療に当たっている医師は、現地で何を考えたのだろうか。そして、いま何を考えているのだろうか。聞き手=首藤宣弘(本誌編集長)

定住しやすい環境づくり

―― ペシャワール(パキスタン)に行かれて11年間、アフガン難民の診療活動に従事してこられたと聞いています。そのきっかけはなんですか。

中村 私は山登り屋で、1978年にヒンズークシ遠征隊の隊員として行ったのがはじめです。そこで、その土地になんとなく魅力を感じましてね。82年にある医療協力団体からペシャワールにドクターがいないから行ってくれないかという話があり、あそこならまんざら知らないこともないから行きましょうと。それがきっかけです。

 それから研修で83年から丸一年ぐらい、国内のハンセン病診療施設と結核研究所の国際コースに行きました。リバプールに半年いました。熱帯医学校です。そしてペシャワールに行きました。ペシャワール・ミッション病院ハンセン病棟です。

―― 程なくしてJAMS(ジャパン・アフガン・メディカル・サービス=日本アフガン医療サービス)をつくられましたね。

中村 84年、85年はアフガン戦争の激烈な時期で、ペシャワール周辺――北西辺境州だけで300万人の難民がいた。国境線はあってなきがごときもので、パキスタン側でいくらコントロール計画を進めても、どんどん入ってくる。アフガン側のコントロールがないと北西辺境州からのハンセン病根絶は無理であるということで設立しました。

 91年に湾岸戦争がはじまりますね。それを機にして、事実上いろいろなプロジェクトが撤退、または縮小になります。91年10月にソ連が倒れました。91年12月、内戦のなかをかいくぐってダラエヌールというところに診療所の第一号を設立しました。

 92年4月、カブールで政変があり、共産政権が倒れた。政治勢力が首都に集中し、地方は住民自治が復活してきた。これで昔ながらの生活ができるぞということで、難民が一斉に帰りはじめました。これが5月からでした。

 そういう状況のなかで国内診療所を設立しました。いまは四診療所です。JAMSの病院を中心に難民が定住しやすいようにしました。あの当時91年だけで200万人帰りました。残った難民をペシャワール側でケアして、帰った東部の難民については待ち受けたのです。

―― 柱はハンセン病ですか。

中村 そうですね。はじめは難民のキャンプのなかで主にハンセン病患者を中心に診療するということでしたが、ハンセン病だけを診るということはできないんです。ハンセン病が多いところはほかの病気も多い。しかも、ほとんどが無医地区です。マラリアで震えている人とか、赤痢で死にかけている人を横目にして、ハンセン病じゃないから診ませんというわけにいきません。

―― 現在のPLS(ペシャワール・レプロシー・サービス)というのはハンセン病の制圧を目的としたものですか。昨年開設されたということですが。

中村 簡単にいいますと、PLSはパキスタン側、JAMSはアフガニスタン側ということです。本当は分けなくてもいいんですが、あそこに国境があるものですから、行政のアプローチが違うのです。

―― この地域の疾患で特徴的なことがあるんですか。

中村 ハンセン病だけではなく、結核、腸チフス、マラリア、寄生虫病、いわゆる感染症と呼ばれる病気がほとんどです。それと外傷。地雷で足を吹き飛ばしたとか、戦争外傷もあります。

片道1週間かけて医者が行きたがらない場所へ

―― それをどのぐらいのスタッフでやっておられるのですか。

中村 PLSが約30人、JAMSが約100人です。合計130人で、日本人のスタッフが合計4人。

―― 現地にはほかに医療の体制はないんですか。

中村 ペシャワールは大都市で、大学医学部もあるんです。ところが日本と同じで、ハンセン病に携わるお医者さん、医療機関がほとんどありません。

―― そういうコースを選びたくないということですか。

中村 俗につぶしがきかないというか、ハンセン病をやるドクターはさえないとか、それでは食えないとか、そういう事情もあるんでしょう。それに田舎へ行きたがらないですね。医者は世界中同じです。

―― そうしますと、中村さんらのようなNGOでカバーしないと‥‥。

中村 ええ。嘘みたいな話ですが、報告書だけをみるとどこそこの地方に診療所を置いて医療サービスをしていると出ている。実態は、診療所はつくったけれども、だれも赴任するものがいないとか、パキスタン側でもそういう実情です。

 私たちは山岳地帯まで行くのですが、どうしてこんなところへ行くかというと、住民はペシャワールやカブールへ下りてこられない。それはずばり金がないからです。自給自足ですから。決して貧しいという意味ではないですが、現金収入がない。パス賃ももっていないし、薬も買えない。われわれとしては、じゃあこっち側から出張して診る以外になかろうというのが基本的な考え方です。

―― それぞれの拠点から何日かかるんですか。

中村 いちばん遠いところがパキスタン側のマスツジというところで、ここはまだ正式にはオープンしていないのですが、ペシャワールからジープで2日、さらに歩いて5日です。片道1週間かかる。JAMSとPLSで130人の医療スタッフがいて、うちドクターが合計約20人。ドクター1人と看護士2人、検査技師2人、料理人、門衛など、全部で十数人のチームをつくって1カ月交代で回す。そういう交代制の勤務で、半年ぐらいはペシャワールに戻って勉強をしてもらうという態勢をとっています。それで人数がたくさんいるわけです。

―― 困難ななかでの医療活動は原則的に全部無料ですか。

中村 はい。

―― お金は‥‥。

中村 福岡にある「ペシャワール会」が日本側で物心両面を一手に支えており、昨年は約8500万円の予算でした。そのうちの約7割は、3200人の会員と有志の方々の募金が支えています。後の3割弱が最近できた郵便ボランティア基金を利用させていただいています。これは国民の貯金の利子です。NGO補助金が1割以下です。国庫から出る金に頼りすぎれば、急に政策が変わるとたいへんなことになる。

現地の価値観を大切に

―― 最近、国内でもNGOがブームみたいになっていますが、欧米の活動もみられて、どんな印象をもっていますか。

中村 話題性のあるところにいく傾向があります。もちろん緊急に難民が発生して餓死者がどんどん出ているという場合は必要だと思うんです。ところが、テーマも環境問題が出てくるとワーッとそっちに行く。いまは女性問題ですから、女性のことをいうと予算が取れるんですよ。しかし、それから何年かすると、あれはどうなったの?――というのが割と多いんですね。一つのテーマをこつこつやっている人をわれわれは信じたいですね。

―― それは日本だけではなく、欧米もそうですか。

中村 欧米もそうです。日本側でよく出る議論が、イギリスはこうだ、フランスはこうだ、それに比べて日本はまだ低い、これを欧米並みにしなければいけないと。欧米がやり出すと日本もやり出す。日本人としての独自性がないじゃないかという感じがします。しかし、もともと欧米と日本は体質が違うんで、欧米人にはできなくても日本人にはできるということもたくさんある。そういうところにむしろ注目してやるべきであって、別に猿真似する必要はないと思います。

 欧米も日本も国内向けの活動が多いという感じがします。国内でいかにアピールするか、いかに受けるかという‥‥すると予算がつく。だからそれを中心にやる。また、何千年も営まれてきた土地の人のものの考え方などを欧米人の物差しでこれは人権違反であるとか、決めつけてしまうこともある。それでプロジェクトを進めるから地元としっくりいかない。もちろん現地に溶け込んでやっている人もいますが、むしろ少数派に属するという気がします。

―― たとえばこの地域の子供たちは学校へ行っているんですか。

中村 ほとんど行っていません。とくに山間部へ行きますと、学校へ行っているのは2、3割にも満たないんじゃないでしょうか。

 識字がいま言われていますが、こういうところでは必ずしも要らないと思うんです。字がなくて暮らせる人たちに無理やり字を教えたらどういうことになるかというと、だいたい日本がたどった3K(汚い、きつい、厳しい)を厭うような人間が育ってくる。われわれが考えている近代的な教育は、都市向けの教育です。どうしても都市に流れていく。都市にそれを吸収するキャパシティーがない。それでスラムが拡大することになる。字を覚えているから進んでいるとか、その物差しそのものを検討しなければいけないんじゃないかと思うんですよ。

 現地へ行きますと、日本でいうと和歌に相当するようなちゃんとした文学がある。それは文字のない口伝えの文学です。読み書きもできない詩人がたくさんいるんですよ。だから字を知っているから進んでいるという物差しそのものがおかしいんじゃないですか。

―― 先進国からみたらなんとかしなきゃいけないとみえる世界があるけれども、そこにいる人たちはそこで完結した平穏な暮らしをしている。

中村 そういうことなんです。

―― ただ、現地でも比較的知識人といわれる人は、欧米人と同じような目をもってきている。

中村 そうですね。

―― そこへ行って話しているかぎりは現地を知ることはできない。

中村 一つのバリアになるわけです。

だれのために、どうするのか

―― 国際貢献について中村さんはどう考えますか。

中村 だれのためにどうするのか、そのあたりの突っ込みが足りない感じがします。識字率とか、女性、環境問題ではないですが、われわれが世界秩序といっているのは、先進国秩序です。先進国がいかに安定して地球上に存在し得るかというのが基本的な視点としてあると思うんです。良心的な人であればそのままでいいのか、もっと発展途上国の人にも目を向けるべきだといいながら、やはり先進国側の物差しでそれをみる。そういう矛盾を感じます。

 たとえば、発展途上国が先進国並みにはおそらくならないだろうという前提で何かがやられているという感じがしないでもないです。もしインド、中国、アフリカの発展途上国の人たちが日本や欧米人とまったく同じレベルの生活になったらどうなるか。地球は速やかに壊滅する。恐ろしいことです。

 そのあたりも、いまはこれという結論はないでしょうが、もう少し突っ込んで考えてみるべきじゃないかと思います。国際貢献だという前に、だれのためなのかと。

 かといって発展途上国を、もうそれでいいんだ、ほったらかしておこうというだけでもまずい。自分たちが考えている、信じている普遍性、近代化についてもう少し突っ込んだ議論があっていいと思うようになりました。

―― 11年たって、中村さんご自身の人生とからみ合わせて今後の活動についてどんなことを考えていますか。

中村 私ももうすぐ49ですので、次の世代を育てるのに一生懸命です。日本がどれだけもつかわからないという人もいますが、せめてもつ間くらいやろうと思います。私の一種のナショナリズムかもしれないが、いっぺんやると約束しておいて、自分の都合でさっさと引き揚げていくのは無礼だと思うんです。

 いままでの欧米団体の援助の仕方をみていると、あまりにそれが多かったので、国連をも含めて不信感をもっている次第です。

 昨年の診療実績は、17万人を超えましたが、とくに、山村無医地区の診療にやっと手がつきはじめたばかりです。ほかの欧米団体はほとんど手が出ないという状態です。

―― 日本政府に注文は‥‥。

中村 もうちょっと思慮深くいろいろやってほしい。自分たちがやろうとしていることは何のためにあるのか、こういう国とのかかわり合いを通して、逆に自分たちをみつめてみる。そういう姿勢がいまあまりなさすぎるのではないか。国際即欧米社会という等式で結ばれていると思うんです。

―― 日本では国連信仰が強い‥‥。

中村 国連と名がつけば国民を説得できますね。しかし、現地でみるかぎりは、こんな奇妙な国際官僚組織はありません。不思議なことに、私がこう言うと、そのとおりですよ、よく言ってくれましたというのが、国連の職員なんですよ。ところが、日本でそれを言うと、おまえ何を言っているんだと逆に非難される。たとえば難民プロジェクトでも予算の9割が国連職員の給与で消えるそうです。

―― 日本の公共事業の大部分が土地代で消えているようなものですね。

中村 そうですね。そのほかに家賃、輸送費とかがある。難民に何か物資を送るときでも、着くのは数パーセントにもならないそうです。自分たちも矛盾を感じていますと言っていました。


なかむら てつ

医師。1946年生まれ。九州大学医学部卒業。84年からペシャワール(パキスタン)で、ハンセン病治療に従事。のち、アフガニスタンにも診療所を開設し、両国の難民診療と現地スタッフの養成に当たる。著書に『ペシャワールにて』ほか。

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