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経済・企業 本当に強い信用金庫

期待高まる信金のスタートアップ育成力 「ココイチ」「サカイ引越」も 荒木涼子

開店当初の「カレーハウスCoCo壱番屋」1号店(現愛知県清須市) 宗次徳二さん提供
開店当初の「カレーハウスCoCo壱番屋」1号店(現愛知県清須市) 宗次徳二さん提供

 各地の信用金庫が今、地域密着の創業支援に力を入れている。協同組織金融機関として地域に新たな産業を興し、雇用を生み出せるかどうかが、地域経済の浮沈にも直結する。信金はこれまでも創業を支えてきたが、新型コロナウイルス禍や物価上昇で地域経済が疲弊する中、政府がスタートアップ育成に本腰を入れており、信金の創業支援にかかる期待は大きい。

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 中小企業庁の「中小企業白書」(2022年版)によると、日本の開業率は1988年度の7.4%をピークに年々低下。98年度には3.9%まで落ち込んだ。その後、5%前後で推移を続けるものの、20年度は5.1%にとどまる。岸田文雄政権は昨年11月、「新しい資本主義実現会議」で「スタートアップ育成5カ年計画」を決定し、27年度にスタートアップ企業への投資額10兆円などを目標に掲げた。

 今では誰もが名を知る企業の中でも、信金発のスタートアップは少なくない。その一つが、カレーハウス専門店「CoCo壱番屋」(ココイチ)で知られる壱番屋だ。店舗数は国内1259店舗、海外を含めれば1461店舗(22年2月末)で、13年には「カレーレストランチェーン店舗数世界一」でギネス世界記録にも認定された。その駆け出しは、岐阜信金(岐阜市)との付き合いから始まった。

 壱番屋の創業者、宗次徳二さんが名古屋市で喫茶店「バッカス」を開業した際、「たまたま近くに支店があった」(宗次さん)岐阜信金から500万円の融資を受けた。開業当初は資金繰りに苦労する日々だったが、笑顔での接客を心掛け、次第に経営が安定。妻・直美さんの作るカレーが評判を呼び、3店舗目として78年、愛知県西枇杷島町(現・清須市)に最初のココイチをオープンする。

 ご飯の量やトッピングを選べる独自のシステムで多店舗展開に成功したが、その過程で日々、集金などで顔を合わせながら事業資金の要望に応えてきたのも岐阜信金だった。宗次さんは「毎日足を運んでくれる信金さんだったからこそ、外見だけ、見せかけだけでなく、私たちの中身を見て支援を続けてくれた」と話す。壱番屋は15年、ハウス食品グループ本社の子会社となったが、現在も宗次さんの思いは経営に生きている。

「今も関係が続く」

「勉強しまっせ~引っ越しのサカイ」のテレビCMが90年代に大ヒットし、近年ではキャラクター「まごころパンダ」で知られる業界最大手のサカイ引越センターも、実は信金発のスタートアップだ。同社のルーツは田島哲康社長の両親で創業者、田島憲一郎・治子夫妻が71年に開設した運送会社の堺営業所。それ以降、「約半世紀を一緒に歩いてきてくれた」(同社)のが地元で「ダイシン」と呼ばれる大阪信金(大阪市)だ。

 中古トラック2台で八百屋などを顧客とした運送業をする傍ら、週末を使って個人向けの引っ越し業を始める。資金繰りは綱渡りが続いたが、最初に融資に応じてくれたのが大阪信金だったという。その後、引っ越しの際に家財道具に傷を付けない資材の導入や、研修による作業員のスキル向上など独自のサービスに力を入れ、全国へと拠点を展開。現在では年間の売上高1000億円を超える。

 信用金庫は地域の中小・零細企業や住民が会員となる協同組織金融機関であり、従業員数300人超かつ資本金9億円超の企業には融資ができない。信金との取引を“卒業”するのは企業が成長した証しでもあるが、大阪信金とは「いろいろ教えてもらう関係が今も続いている」という同社。田島社長は大阪信金からのアドバイスをきっかけに災害時の地域支援も始めており、避難所のベッドにも活用できる梱包(こんぽう)資材などを提供する。

 バブル崩壊後、成長力を取り戻せない日本。少子化がさらに進行する中、コロナ禍が人々の生活様式も大きく変えた。創業支援の在り方を研究している専修大学商学部の鹿住倫世教授(起業家活動論)は、近年の起業の特徴について「副業や、隙間(すきま)時間の有効活用といった形で創業する人が増えた」と指摘する。こうした社会の変化に対応し、独自の創業支援に取り組む信金も現れている。

◆吉備(岡山) 移住支援も1カ所で

吉備信金が岡山県総社市に2021年5月オープンした「S―スタ」  吉備信用金庫提供
吉備信金が岡山県総社市に2021年5月オープンした「S―スタ」  吉備信用金庫提供

 岡山県総社市に本店を置く吉備信金が21年5月から始めたのが、同市への移住・創業支援と事業支援、まちづくりを三位一体で行う「S-スタ」だ。市や商工団体と連携しながら、幅広い支援を“ワンストップ対応”しようと、同市の旧東支店を改装してS-スタをオープンした。

 中でも、移住・創業支援では、信金による事業計画作成や補助金申請の支援から、空き店舗情報の提供や、地域コミュニティーづくりまで提供し、移住・創業希望者が信金や市、商工団体の窓口それぞれを回る必要がない。約2年間で実際に29件を創業につなげたという。

 現在は県内移住者が中心だが、S-スタの統括も務める地域サポート部の内藤隆志参与は「移住して創業を目指す人に『ここに相談すればなんとかなる』と思ってもらいたい」と話し、より遠方からも呼び込もうと情報発信も強化する。

◆高松(香川) 女性向け起業支援塾

 女性向けに特化した起業塾「Sanuki Woman キャリスタ塾」を展開するのは高松信金(高松市)だ。同信金の創業支援アドバイザーで、同市の学生服リユースショップ「さくらや」の馬場加奈子社長と共同で起業のアドバイスを行い、4~5人の塾生でのグループディスカッションの場などを提供する。

 同信金業務推進部の鴨成高次長によると、女性は身近に感じる不便や自身の趣味から「何か社会課題の解決につなげたい」という意識が強い一方、事業化にはちゅうちょする人が少なくない。そこで、「起業に至る具体的段階の前から『何がしたいのか』といった自身の思いを整理して形にするお手伝い」に取り組むことにした。

 塾の開催方法も子ども連れ可能としたりするなど工夫した。15年の開始から約7年間で24回にわたって塾を開催し、のべ144人が参加。卒業生のうち23人が、飲食業や雑貨など製造小売業、整理収納所業などさまざまな業種で起業した。鴨次長は「卒業生のフォローアップも拡充させたい」と話す。

◆埼玉県(埼玉) 街歩き創業セミナー

埼玉県信金が22年9月に埼玉県行田市で実施した街歩きセミナー。商店街を見て回ることで創業後がイメージしやすくなる 埼玉県信金提供
埼玉県信金が22年9月に埼玉県行田市で実施した街歩きセミナー。商店街を見て回ることで創業後がイメージしやすくなる 埼玉県信金提供

 創業支援で地域における横のつながり作りを特に意識しているのが、埼玉県熊谷市が本店の埼玉県信金だ。地域活動に熱心に取り組む創業者を巡る、街歩き創業セミナー「エリアコミュニティーで起業しよう!」を22年7~10月に全5回で実施。19~60歳代の会社員ら男女19人が参加したという。

 きっかけは過去の創業支援で、事業継続には地域のコミュニティーが重要と考えたからだという。平原祐樹・地域創生グループ副長は「創業後に孤立してしまい、そのままフェードアウトしてしまうケースもあった」と苦い思い出を語る。

 セミナーでは、熊谷市や本庄市、行田市、羽生市で、“今熱い”創業者がいるエリアを巡った。また、商店街復活の成功例として注目を集める宇都宮市の「もみじ通り」の見学も実施した。平原氏は「どんな場所でどんな事業になるか、開業後の具体的イメージを持つと、事前の相談も具体的になる」と話す。

 思わぬ副産物として、参加者同士の情報交換などが続いている。「横のつながりは、互いに刺激にもなる」(平原氏)といい、県南など他地域での展開も目指す。

◆長野信金(長野) 「しんみせ」を老舗に

 長野信金(長野市)は18年から、新しく生まれた企業を「しんみせ」と呼び、「老舗」になるまでとことん伴走する創業支援「しんみせ応援プロジェクト」を手掛ける。創業を目指す人への助言はもちろん、創業後も月1回ペースで訪問して相談を聞き、創業者同士の交流会も開催する。

 プロジェクトは、プレゼンテーションの場などを提供することで経営のスキルを磨く「しんみせチャレンジ」▽創業の実践的な知識を学ぶ「創業カレッジ」▽創業後に月1回、創業者を訪問して悩みごとなどを聞く「アテンド訪問」▽長野信金も出資する「応援ファンド」による投資──の4本柱だ。

 しんみせチャレンジにはこれまで135人が参加し8割以上が創業や事業継続に成功した。「しんみせ応援プロジェクト」を担当する地域みらい応援部の下平満範・主任調査役は「創業者は孤独。創業ステージごとに悩みも変わるため、そのつど多様なアプローチをしていきたい」と話す。

(荒木涼子・編集部)


週刊エコノミスト2023年1月24日号掲載

信用金庫 「ココイチ」「サカイ引越」も 信金のスタートアップ育成力=荒木涼子

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