波紋呼んだ菅前首相のくせ球 にじむポスト岸田政局への闘志 伊藤智永
有料記事
菅義偉前首相が新年早々、政局にくせ球を投じた。岸田文雄首相が欧米訪問中の1月10日、政治姿勢や人事手法を正面から批判したのだから穏やかでない。
「首相とは国民全体の先頭に立って汗を流す立場にある。だから歴代首相の多くは、派閥から出て務めていた。自らの理念や政策を先行して、派閥の意向を優先することはすべきではない。国民の声が政治になかなか届きにくくなっている。懸念を感じている」
昨年末から仕込み
「国会開会前にも派閥を離れるべきだ」と迫ったに等しい。これが計算ずくだったのは、菅氏自身も8日からベトナムを訪問中で、同行記者らのインタビューに応じた10日は、同趣旨の発言が掲載された月刊誌『文芸春秋』の発売日だったことから明らかだ。記事は昨年末に編集済み。ベトナムではメモを片手に語っていた。雑誌での批判はもっときつい。
「政策本位で適材適所に人材を就けるのが大事だ。自分が首相の時は派閥の推薦を受けずに人事を決めた。派閥政治を引きずっていると、国民の目は厳しくなる」
昨年8月の内閣改造後、閣僚4人を更迭した岸田氏に人事下手の烙印(らくいん)を押し、だから内閣支持率が下がるのだとダメ出しした。人事権への執着が人一倍強い岸田氏は苦り切ったことだろう。苦言にやすやすと従うわけにもいかず、さりとて無視しても騒がれる。
だが、発言の真意は今一つつかみにくく、むしろピントの外し方がいかにも菅氏らしい。内閣支持率の低下は、国葬、旧統一教会、物価高騰、増税、リーダーシップ不足などが原因だろう。岸田氏が「国民より党内を気にしている」のは菅氏の指摘通りにしても、世論の不満が今、派閥政治にあるのかといえば疑わしい。なのに菅氏は、自らの政見を明らかにすべき政策課題については何も語らず、派閥を問題視した。官房長官時代、「指摘は当たらない」と繰り返して肝心なことは答えなかった記者会見を思い起こさせる。
菅氏は旧小渕派(現茂木派)と旧古賀派(現岸田派)を経て無派閥。自民党総裁選の度に担ぐ候補を代えて出世の勝負をかけてきた経歴だが、派閥否定論者とは聞かない。世襲制限を唱えたことはあるが、「ザ・世襲」と呼ぶべき故安倍晋三氏で権力をつかんだ。自ら首相になれたのは、新型コロナウイルス感染症対策のさなか、安倍氏の急な退陣に伴う緊急避難で、ほとんどの派閥が支持したおかげだった。派閥に勝敗がなかったから人事の派閥色は目立たなかったにせよ、代わりに初当選同期の仲間を閣僚や党役員に軒並み登用し、後に汚職で辞職した議員もいた。安倍政権の半ばから無派閥議員を当選回数別などに分け、複数の「菅グループ」を作ってきたのは周知の事実だ。定期的に会食し、便宜を融通し、安倍政権後半は「菅推薦入閣枠」があるとみられていた。安倍氏が「菅ちゃんも派閥を作ったらいいのに」と勧めたこともあったくらいだ。
再登板も視野に
つまり、菅氏の派閥政治批判を…
残り949文字(全文2149文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める