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経済・企業 社会を変える発達障害 

オムロンが募集要項でうたうのは「コミュニケーション力 < 技術力」 長谷川祐子

オムロンの滋賀県草津市の事業所で働く林さん(仮名)オムロン提供
オムロンの滋賀県草津市の事業所で働く林さん(仮名)オムロン提供

 さまざまな分野で活躍する著名人が、発達障害を公表している。日本は同調圧力が強く、周囲になじめない人は敬遠されてしまう。だがいつの時代も、社会を変革するのは「変わり者」だ。

 オムロンの「異能人財採用プロジェクト」はコミュニケーション力より技術力を重視する。障害者の就労支援が広がる中、元社員から「障害者に理解がない」と訴訟を起こされる企業もある。

>>特集「社会を変える発達障害」はこちら

 電子機器大手オムロンは人工知能(AI)を使った新技術の開発を進めている。その中核が滋賀県草津市にある制御機器の生産開発拠点だ。林優也さん(仮名)は真っ黒なパソコンの画面に、プログラミングのコードを打ち込んでいく。筆者は、林さんの集中を途切れさせないように、遠巻きに眺めた。

 林さんは2022年4月、オムロンの「異能人財採用プロジェクト」で入社した20代男性。大学院で先端情報学を専攻し、大学院生としてトップレベルのプログラミング技術を有していたが、面接での自己PRが難しく、新卒で就職がかなわなかった。口頭でのコミュニケーションが不得手で、聴覚過敏があった。そんな林さんが、同社インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー技術開発本部の3週間のインターン(就労体験)を経て採用された。いまでは、売上高の約6割を占める、工場の自動化を進める制御機器のAI開発を社員として担う。

人材で企業価値向上

 オムロン・グループの人材サービス会社で採用担当の瀬川明子さんは、「障害特性に応じた配慮があれば、特定分野での高い技術力で貢献してもらえる」と語る。林さんへの具体的な環境作りについて、上司や同僚は「本人に雑音除去イヤホンの使用を認めるなど、本人が自ら参加しやすいペースで会話を進められるように、相互に協力して働いている」と説明する。

 同社には林さんの他にも、事務、開発、研究補助などさまざまな職種に就いている発達障害の人がいる。

 オムロンの障害者雇用は1972年からと長い。22年7月から新たな人材募集も開始した。選考は障害の特性に合わせて行うとし、募集要項には「コミュニケーション力<技術力」とある。コミュニケーション力よりも技術力が高く評価されるのだ。募集中の人材は、ロボット技術や画像認識などの開発を担当、論文を読み解き、実装するプログラミングスキルやシミュレーションしながら解析するスキルが求められる。22年7月からの募集ではまだ該当者がなく、候補者の発掘を大学との連携などで試みているという。

 公開されているオムロンの会社資料(統合リポート)によると、過去8年間の障害者雇用率は法定雇用率(21年からは2.3%)を上回っており、21年は3.1%(261人)だった。事務や研究補助などさまざまな職種に就いている。これは人材戦略を見える化して企業価値向上につなげる人的資本経営であり、国の「新しい資本主義」政策にも沿うといえる。

広がる就労支援企業

 世界では、発達障害を含む脳や神経の違いを優劣ではなく多様性として尊重し、「障害の社会モデル」の観点から捉える「ニューロダイバーシティ(脳や神経の多様性)」の雇用が広がっている。「障害の社会モデル」とは、障害は個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用によって創り出されているもので、社会的障壁を取り除くのは社会の責務という考え方だ。

 日本でも障害者就労支援事業のノウハウが蓄積され、就職・定着は改善傾向にある。林さんもオムロンから入社後に定着支援を受けている。具体的には上司、産業医、所属事業所の障害者職業生活相談員、人事担当者と定期的な面談を行う。発達障害者の就労移行支援事業所Kaien(東京都新宿区)も入り、通院などの生活面でのサポートをしている。

 就職支援に取り組む企業は広がっている。特化して事業を進めるのは、東証プライム上場のLITALICOとウェルビー、Kaienなどだ。この他、人材大手パーソルグループのパーソルチャレンジ(東京都港区)は、就労移行支援事業所「ミラトレ」、先端IT分野に特化した「Neuro Dive」を東京・秋葉原、横浜、福岡で運営し、22年12月には大阪にもオープンさせた。

 ただ、それもでまだまだ少ないのが現状だ。Kaienの鈴木慶太社長はブログで、「雇用数で日本はおそらく世界一のニューロダイバーシティ雇用国だが、法的な障害者雇用に守られている部分が大きい」と指摘する。鈴木氏は、世界では日本でいう「一般枠」で障害者が勝負し、「雇用数を増やし続けている」と問題を提起する。

 日本では一般求人と障害者求人で「キャリア・給与」と「障害配慮」がトレードオフ関係になっているという側面がある。つまり、一般求人では健常者と同等のキャリアや給与を得られるが、障害配慮が得られにくくなる。一方、障害者求人では配慮が得られやすいが、キャリアや給与が健常者より低水準に抑えられがちだ。また、障害者求人では研究開発を含めた専門性のある求人が少ないという現実もある。発達障害者の平均月収は12万円(18年度厚生労働省調査)にとどまる。

 専門性を身に付けた障害者からは、「一般枠では障害を開示しづらく、障害者枠では高い能力が求められておらず、採用側が想定した水準よりも能力が上回る『オーバースペック』と敬遠される」という声もある。その打開が課題だ。

「通勤訓練」という出社

 やっとのことでつながった就職先が安心・安定して働ける環境でなく短期離職、という現実もまだある。

 顧客管理クラウドの米IT企業セールスフォースの日本法人(東京都千代田区)では、急激な増員で障害者採用が進んだ。しかし、障害者として採用された1人が21年7月、定着支援を受けていたにもかかわらず「障害に理解がなく、激務でうつ病が悪化して2年で雇い止めされた」と東京地裁に提訴した。裁判の争点の一つが、コロナ禍での「通勤訓練」である。

 同社では20年2月に「コロナ抑止と社員・家族の安全確保のためテレワークを推奨する」と発表され、障害者社員も含めてほぼ全社員が在宅勤務に切り替えられた。しかし一部社員は産業医の指示により、うつ病休職からの復職のための「通勤訓練」の名目で出社を求められたのである。

 同社は裁判継続中も障害者求人を出していた(22年8月現在筆者確認)。だが、裁判が長期化した場合、結果次第では、障害者採用に影響するだけでなく、厚労省からの行政指導、その先の社会的制裁としての「企業名公表」(障害者雇用促進法で定められた罰則)のリスクが高まる可能性もある。同社は社内規定により障害者雇用率を公開していないが、筆者が東京労働局に情報開示請求をしたところ、雇用率は09~21年は17年を除いて法定未達、20年には障害者雇用数の報告が適切に行われておらずデータが存在しない、ということが分かった。21年はハローワークからの障害者雇入れ計画作成命令の対象となる水準だった。

 こうしたことが、「働きがいづくり」や「SDGs」をうたう企業で起きている。筆者は一連の事実について同社広報に問い合わせたが、回答はなかった。

 こうした裁判があると、「行き過ぎた権利主張」「怖い」などアレルギー反応を示す声が上がったり、障害者を「訴訟リスク」と結び付けて「雇用が控えられる」とする意見が出たりする。その多くは過剰防衛反応であり、「障害者=クレーマー訴訟」という偏見によって、障害者が雇用から締め出されることはあってはならない。

 障害者雇用促進法では「差別禁止」「合理的配慮」が定められている。むしろ、発達障害かどうかに関わらず、企業が法律や国の「『ビジネスと人権』に関する行動計画」に基づく雇用管理を怠れば、訴訟につながることはありうる。実際の企業や行政の取り組みを正しく認識することが重要だ。

(長谷川祐子・ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年2月7日号掲載

発達障害 「異能人財」を技術職採用 名ばかりの多様性露呈する企業も=長谷川祐子

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