ヒッチコック「めまい」を換骨奪胎し大胆な話法で恋着と疑惑を描く 芝山幹郎
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映画 別れる決心
パク・チャヌク監督の映画には、唐突な転調が多い。始まるときは助走を省くし、映画の中盤で新しい登場人物が突然登場することも珍しくない。
当然、観客はとまどう。前置きなしに、映画が急ハンドルを切るのだから、見ている光景もいきなり変化する。
だが、視界はふたたび開ける。映画が走っている方向も見分けがつくし、終わってみれば十分に納得がいく。それどころか、堪能した気分を実感できる。
「別れる決心」も、そんな映画だった。まず、題名にひねりが利いている。決心ひとつで別れられるとは限らないのが恋愛だ。この映画では、廉直な刑事ヘジュン(パク・ヘイル)が殺人事件の容疑者ソレ(タン・ウェイ)に恋をする。思いが深まるにつれ、疑惑は濃くなる。疑惑が濃くなるほど、思いは深まる。恋着と疑惑が骨絡みになる。
最初の舞台はプサンだ。ある日、ひとりの中年男が岩山から転落死する。男は、壊れたロレックスと中国人の若妻ソレを残して死んだ。不眠症のヘジュンは、部下のスワンと捜査に当たる。自殺か、事故死か、それとも殺人か。ソレは、夫の死を知らされても取り乱さない。
ヘジュンはソレの身辺に張り込み、監視を続ける。不眠症の刑事はたちまち心を奪われる。双眼鏡を覗きながら妄想を抱く。するといつしか、ふたりは息のかかる距離に位置している。ソレの煙草の灰が落ちそうになると、刑事はすかさず灰皿を差し出す。明らかに妄想だが、現…
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週刊エコノミスト
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