マーケット・金融

日銀の政策修正を読み解く 山川哲史

困難な選択は新体制に託すことになるか?(日銀の金融政策決定会合)
困難な選択は新体制に託すことになるか?(日銀の金融政策決定会合)

 10年に及ぼうとする異次元緩和から日銀は、どのように「出口」に向かっていくのか。有力日銀ウオッチャーがひもとく。

「サプライズ」となった、昨年12月の日銀の金融政策決定会合における政策変更(「長短金利操作〈YCC〉」の対象となる10年国債利回りの許容変動幅を、従来の0%プラスマイナス0.25%から0%同0.50%まで拡大)以降も、追加的な金融政策修正に対する市場の思惑は沈静化していない。前回の修正後も国債市場の流動性は停滞の域を出ず、イールドカーブ(利回り曲線)のゆがみも修正されるには至っていない。この間市場は、早くも2023年末にかけての利上げまで織り込む展開となっている(図1)。

 筆者は先行きの金融政策運営につき、以下のように段階的な修正が行われる展開を予想している。

 すなわち日銀は、①新総裁・副総裁下での初会合となる4月会合(27・28日開催)においてYCCの段階的な修正に着手、その対象を現行の10年から5年(0%プラスマイナス0.25%)へと移行するなど漸次短期化し、最終的には短期金利(翌日物コールレート)を唯一の操作対象とする伝統的な金融政策へと回帰、②23年央にかけ、「マイナス金利政策(NIRP)」を解消、「ゼロ金利政策(ZIRP)」へと復帰したあと同政策を24年まで維持、その後、③米国を中心とした世界景気の軟着陸を確認したうえで、政策金利を緩やかなペースで引き上げる見通しだ。

賃金・物価上昇の「粘着性」

 日銀が23~24年にかけ、金融政策「正常化」に向け本格的なYCC修正に着手する背景としては、主に以下の3点が挙げられる。

 第一に、賃金・物価上昇の「粘着性」が高まりつつある点だ。消費者物価指数(CPI)上昇率の動向をみると、なおエネルギー・食品価格上昇の寄与度が突出しているとはいえ、価格上昇の裾野は着実に拡大、基調的なトレンドも加速度的に上昇している(図2)。一方、持続的な物価上昇の前提となる賃金上昇に関しても、加速の兆しがみられ始めている。現在進行中の「春闘」賃上げ交渉においては、大企業・中小企業間の格差が拡大することが予想されるものの、政府目標となる3%以上の賃上げ率(定昇+ベア)が実現する可能性も高まっている。

 すでに利上げが最終局面に入りつつある欧米主要国においても、初期局面では物価上昇は「コストプッシュ型」で「一過性」にとどまるとの主張が大勢を占めていた。ただし実際には、新型コロナ感染収束に伴う需要回復に加え、サプライチェーンの毀損(きそん)による供給制約、さらには労働参加率の停滞など人々の行動変容が重なった結果、物価上昇は強い「粘着性」を示す結果となった。この間、米連邦準備制度理事会(FRB)を中心とした主要国中銀は初動の遅れを取り戻すべく、当初想定を大きく上回るペースでの利上げを余儀なくされている。日本ではなお、長期にわたる「デフレ慣性」もあって、物価上昇は「一過性」との議論が主流だが、期待インフレ率が加速度的に上昇するなど「粘着性」は着実に高まっている。

 第二に、新総裁・副総裁人事に伴い日銀執行部の布陣、及び審議委員の分布も政策修正を促す方向へと変化することが見込まれる点だ。仮に総裁、及び副総裁の一人が日銀出身者から選出され、かつ現状金融緩和に積極的な「リフレ派」が占めている今一人の副総裁ポストも、より「中立」に近い委員により継承される場合、審議委員の分布は一段と「中立」~「タカ派」へと傾斜する。

 日銀総裁・副総裁人事に関しては、衆参両院の同意を基に内閣が決定するが、与党内の勢力分布がその帰趨(きすう)に影響する状況も考えられる。例えば、岸田派を含む「リベラル派」の退潮とともに、「リフレ派」との親和性が強い自民党「保守派」の影響力が顕著となる場合、「リフレ派」の復権とともに政策修正が困難化する状況も想定される。政府・日銀間の物価安定目標を含む「アコード」(13年1月)から、「量的・質的緩和(QQE)」(同4月)の導入を嚆矢(こうし)とする異次元緩和への一連の流れは、政治主導による側面が強く、その収束にあたっても政治情勢に大きく影響される点は想像に難くない。

 第三に、FRBを中心とした主要国中銀による金融政策が、日銀の政策修正のタイミングに大きく影響する点だ。FRBによる金融政策に関しては、今次米連邦公開市場委員会(FOMC)における追加利上げ後、3、5月に同じ幅の利上げが実施される結果、フェデラルファンド金利(FFレート)は今次利上げ局面におけるピーク水準(ターミナル金利)となる5%台に上昇する見通しだ。

 ただし23年10~12月期以降、FRBは景気後退リスクが強まり利下げへと転換、24年末にかけ3%水準までFFレートを引き下げることが予想される。FRBによる金融政策転換を前提とする限り、日米金融政策「格差」の縮小による円高が進行、日銀のYCC修正に対する「機会の窓」も、23年後半にかけ徐々に狭まると考えるのが自然だろう。特に景気後退が深刻化する場合、FRBの利下げペースが加速するなかで、「機会の窓」は一気に消失する。

財政規律の弛緩

 YCC修正を先行する形で、日銀が「正常化」へと着手する場合、景気・物価動向、及び金融市場にはどのような影響が及ぶだろうか。日銀の分析によると、需給ギャップの金利感応度は短中期セクターにおいて突出して高く、長期・超長期セクターでは急速に低減する。従ってYCC修正に伴いイールドカーブが急傾斜化するなかで、短中期金利が低位で安定する場合、景気・物価への影響は、限定的にとどまる。

 この点は、日本株に関しても同様だ。政策修正がデフレ脱却に裏付けられている限り、長短金利差拡大で恩恵を受ける銀行株の上昇もあって株価は景気の軟着陸を前提に堅調に推移する見通しだ。

 YCCの段階的な修正に伴い、10、20年国債利回りはそれぞれ0.9%、1.45%をめどに上昇、為替市場では日米金利差縮小により、ドル・円レートは23年末段階で1ドル=125円まで円高が進むことが予想される。一方、可能性は乏しいものの、NIRP解消がYCC修正に先行する場合、イールドカーブは平坦(へいたん)化、短中期金利の上昇が顕著となるなかで、景気に対する抑制効果も強まるだろう。

 日銀があえて隘路(あいろ)を選択し、上記の通り23年中にYCC修正を実施するか否かは、その効果・副作用間のトレードオフをいかに評価するかに依存する。YCCの副作用に関しては、国債市場の機能不全から、防衛費増額の財源問題、「国債償還60年ルール」の延期・撤廃論に象徴される財政規律の弛緩(しかん)、さらには不採算企業の延命による非効率性の温存に至るまで枚挙にいとまがない。

 一方その限界的な効果が、賃金・物価上昇の定着とともに逓減しつつあるとの判断に立つ限り、日銀が政策修正に対する「機会の窓」が開いているタイミングを捉え、「正常化」への一歩を踏み出す蓋然(がいぜん)性は、決して低くはないと考えるべきだろう。

(山川哲史・バークレイズ証券チーフエコノミスト)


週刊エコノミスト2023年2月21日号掲載

日銀の「正常化」戦略を読む 追加的な政策修正期待に拍車=山川哲史

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