週刊エコノミスト Online FOCUS
たらい回しにされる異例の日銀総裁人事 編集部
「1周、いや2周したんじゃないかな」
永田町・霞が関事情に詳しい関係者が日銀総裁人事の舞台裏を明かす。すなわち、政府が意中の候補者に打診したものの、固辞されてやむなく別の候補に打診。が、ここでも首を縦に振ってもらえず、再び最初の候補者を説得しているという解説だ。
「日銀総裁 雨宮氏に打診」──。『日本経済新聞』は2月6日、政府が黒田東彦総裁の後任を雨宮正佳副総裁に打診したと報じた。
「現在の金融政策に携わってきた雨宮氏が総裁となれば、現在の政策が突然撤廃される可能性は低い。方向性としては、これまでの政策がゆっくりと、ほどかれる流れになるだろう」。この報道を受け、大和証券の末広徹チーフエコノミストはこう語る。
「黒田総裁の後任に求められるのは柔軟性」と指摘するのは、東京女子大学の長谷川克之特任教授。10年前と比べて、足元の情勢はデフレよりもインフレを警戒する局面にある。そうした中で、金利を急上昇させることなく、かつ為替を安定させ、市場機能を改善させながら「出口(金融の正常化)」に進まなければならない。
さらに米国の金融政策も絡む。年央にも利上げ打ち止め→景気後退→年後半の利下げを織り込んでしまえば、「日銀は出口に向かえない」(長谷川氏)。政治情勢も加わるだろう。政策修正の変数は限りなく多い。
りそなアセットマネジメントの黒瀬浩一運用戦略部チーフ・ストラテジストは「雨宮氏は、総裁就任の条件に山口広秀元副総裁の副総裁での起用を提案していても不思議ではない」という。白川方明元総裁の下で副総裁を務め、正常化を急ぐべきとする山口氏の再抜てきなら、状況は変わる。
10年に及ぶ壮大な社会実験ゆえに、ゆっくり政策修正すべきという意見が多い中、いちよし証券の愛宕伸康上席執行役員チーフエコノミストは「そんな悠長なことを言っている場合ではない」と危機感を募らせる。
「現状、異次元緩和の累積的な副作用が債券市場に集中的に現れている。価格発見メカニズムが停止しているので、社債のフェアバリュー(適正価格)がどこにあるのかわからない。時間がたてばたつほどひどくなっていく」
雨宮氏は東京大学時代、日本を代表する数理経済学者の宇沢弘文東大名誉教授に学んだ。宇沢氏を再考する本誌特集で、雨宮氏はこう述べている。
「『金融も社会的共通資本だ』という先生の主張に対する共感が増してきている。私は、79年に日銀に入ってからかなりの期間、金融自由化の時代を過ごした。金利規制や窓口指導を撤廃し、市場メカニズムを生かす金融政策にいかに転換するかが課題だった。宇沢先生には怒られそうな市場原理主義的な論陣を張っていた時期もあったし、先生の論敵だったフリードマンに魅力を感じた時もあった」(本誌2020年3月3日号)
異次元緩和のバックボーンとなったリフレ派の理論をさかのぼると、フリードマンが提唱したマネタリズムに行き着く。一時は、フリードマンに魅せられた雨宮氏だったが、時を経てそれに対峙(たいじ)した師の考えに回帰したということだ。この重大かつ難解な局面で大役を任された時、雨宮氏は偉大な師の教えをどう生かすのだろうか。
(浜條元保・編集部)
(浜田健太郎・編集部)
週刊エコノミスト2023年2月21日号掲載
大詰め日銀人事 雨宮氏「総裁打診」でわかった「金融正常化」の超ナローパス=浜條元保/浜田健太郎