証拠に基づく政策立案を 実情に沿う「弾力条項」復活も必須 小巻泰之
有料記事
日本経済の処方箋/9 過去の消費増税の延期判断では必ずしも証拠に基づいた政策決定が行われたとは言い難い。それらから得られた知見を今後の政策対応にも生かすべきだ。
新型コロナウイルス感染症は今年春にも、感染症法による分類で2類相当から5類に変更される見込みである。まだまだ紆余(うよ)曲折はあろうが、医療提供体制や感染症の状況などのデータを基に政策変更が決定されることになると見込まれ、まさにEBPM(証拠に基づく政策立案)が試される事例である。
ただし、新型コロナ拡大当初は緊急避難的な政策であったことから、その費用対効果や財源を厳密に議論する余裕はなかった。この結果、一般政府の財政赤字(内閣府調べ)は急増し、2019年度比で20、21年度の2年間で50兆円を超える事態となっている。
日本では少子高齢化などの従来の課題だけでなく、ゼロカーボン(温室効果ガス排出量実質ゼロ)など新たな課題が山積している。このような中で、新たなパンデミック(感染爆発)が生じた場合に、財政的な余地はさらに小さく、政策資源の有効な活用がより重要になってくる。この点で、EBPMから得られた知見を政策決定に活用することが求められる。
2度の消費増税延期の判断
しかし、現実にはマクロ経済政策に対して十分にEBPMが実施されているわけではない。例えば、消費税の税率10%への引き上げは当初、15年10月に予定されていた。しかし、14年11月に17年4月へと延期され、16年6月には19年10月へと再延期されて実施された。14年11月の判断では「社会保障と税の一体改革関連法」(12年成立)の付則第18条が弾力条項(政策執行の停止条項のこと)として重視された。同項では数値基準は明示的ではないものの、首相記者会見(14年11月18日)で弾力条項により判断と明言されている。
当時の経済指標(リアルタイムデータ)を見ると、実質及び名目ともマイナス成長であり、特に実質成長率は2四半期連続マイナスであった(表、拡大はこちら)。また、個人消費は前期比年率では当期はプラスに戻ったものの、前年同期比でみれば2四半期連続マイナスであった。この状況は、財政構造改革法の弾力条項あるいは欧州の安定成長協定の一般例外条項の内容と照らし合わせても、延期は妥当な判断である。しかし、延期後の法改正により、理由は不明であるが、弾力条項は削除された。
弾力条項がない中で、16年6月に、中国など新興国経済に「陰り」などから、リーマン・ショック(08年)級の経済ショックが生じる未実現のリスクを新たな判断材料として延期された(首相記者会見、16年6月1日)。当時の経済環境を見ると、物価と設備投資は弱いものの、14年11月時点より改善を示す数値である。実質GDP(国内総生産)を重視する財政構造改革法及び欧州の安定成長協定の弾力条項で見ると、延期の判断はできない。
この2回の延期判断から得られた知見を整理すると、①消費税増税の判断は従前の変更から10カ月以上経過後が良い。そもそも駆け込み需要とその反動の影響が解消していない、15年10月の判断は当初から無理があった。②景気後退期は事前の把握が困難。まして、リーマン・ショックや新型コロナのような急激かつ深刻なリスクは把握できない。③日本の実質GDPの前期比年率は判断指標として適切ではない。数値の振…
残り1293文字(全文2693文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める