国際・政治

インタビュー「両国とも戦意衰えず」小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師

 ドイツやアメリカが最新の戦車の供与を決めたことは何を意味するのか。東京大学先端科学技術研究センター専任講師で、ロシアの安全保障や軍事政策が専門の小泉悠氏に聞いた。(聞き手=荒木涼子/稲留正英/白鳥達哉・編集部)

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── 戦争の今の局面は?

■昨秋以降、膠着(こうちゃく)状態だ。秋まではウクライナ軍がかなり押し戻していたが、ロシア軍も立て直した。露軍は部分動員30万人中、10万人しか戦場に投入していない。残る20万人の投入や天候回復などで、春以降は数で優位となる可能性が高い。そのため、西側の軍事支援がさらに必要となった。

── 西側諸国は戦争がエスカレーションしないようにしてきたが、戦車の供与は1段階上がったとみていいか。

■西側には二つの目標、①ロシアの侵攻を成功させない、②第三次世界大戦に発展させない──がある。双方、重要な一方、完全に相反する目標でもある。後者を優先すればウクライナを見捨てるのが最適解となるが、それはしない。結果、ロシアとのエスカレーションのリスクが上がる。この11カ月は第三次世界大戦を起こさずにすんだが、露軍が優位になりそうな状況が出てきて、より大規模な軍事援助が必要となった、が正直なところと思う。

 バイデン米政権の中では、西側が戦車を大量供与しても、ロシアは核兵器を使用しない、つまり核戦争にならないとの見通しがついたのだろう。決定的だったのは、昨年9月のハルキウでの露軍の大敗だ。そこで戦術核を使わなかったため「ロシアはやはり核は使わない」となったのだろう。大戦を起こさず昨年2月24日の侵攻時、あるいは2014年のクリミア併合前まで国境線を戻せればベストだ。しかし「核使用の可能性は5%しかない」といわれても、その5%が現実になってしまったら、と責任ある立場であるほど考える。慎重に判断するために11カ月を要したのだと思う。

── 早期決着もあるか。

■政治面での決着は読み切れないが、長期化は間違いない。軍事面から見れば、露軍が大攻勢をかけても、ウクライナを政治的に屈服させることは難しいだろう。いくつかの都市の制圧はできても、せいぜいドネツク州全域の占領だと思う。一方で、ウクライナ側が降伏、またはプーチン氏が掲げた三つの要求(非ナチ化、中立化、軍隊の解体)を認めるとも思わない。ウクライナ国家は滅びないし、戦意も失わない。今年の春夏だけで決着はつかず、秋冬の地面がぬかるむ時期となり、再度の大規模な衝突は来年の春以降となる。3年はかかるだろう。

停戦へ三つのシナリオ

── 今後の展開は。

■三つのシナリオが考え得る。ウクライナが軍事的に大勝利を挙げ、2月24日ごろのラインまで露軍を押し戻して「勝利」が一つ。二つ目はロシアの勝利だ。首都キーウ(キエフ)の占領もあり得なくない。三つ目が引き分けのようなシナリオで、現状から大きく動かずに両軍とも戦力の消耗で戦争継続が困難になる場合だ。

 二つ目の場合、ロシアの考える秩序でキーウにかいらい政権が生まれ、「ミンスク合意(ウ軍と東部ドンバス地方を拠点とする親ロシア武装勢力の紛争を巡る和平合意)」のような、ロシアに都合の良い条件が作られるだろう。

 ウクライナの勝利や引き分けの場合、その時点のラインでの停戦はあり得る。これ以上の領土は取り戻せないだろうが、それ以上にロシアが侵略すれば、西側が助けに入る、といった条件を付けるのではないか。

── 朝鮮戦争でいう北緯38度線のような新しい何かが決まると?

■そうだろう。ただしウクライナの勝利シナリオでも、クリミア半島奪還は、政治的、軍事的に難しいだろう。


 ■人物略歴

こいずみ・ゆう

 早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。外務省専門分析員などを経て2019年から東京大学先端科学技術研究センター特任助教、22年より専任講師。専門はロシアの安全保障や軍事政策。


週刊エコノミスト2023年2月28日号掲載

ウクライナ侵攻1年 小泉悠(東京大学先端科学技術研究センター専任講師) 露・ウとも戦意衰えず 停戦まで3年はかかる

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