連動した植田日銀と稲葉NHK 背後に浮かぶ首相の宏池会人脈 伊藤智永
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岸田文雄首相は次期日銀総裁に元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示した。事前の観測ではほとんど取り沙汰されていなかっただけに、「サプライズ人事」との受け取め方が広がったが、一部で「本命」視された雨宮正佳日銀副総裁は、昨年秋には候補から外れ、年末には植田氏ら学者に絞られていたようだ。同じ頃、岸田官邸はもう一つの重要な人事を決めている。稲葉延雄元日銀理事のNHK会長起用である。こちらも元商社会長らの名前が報じられた下馬評を覆す「サプライズ」だった。
宮沢氏ゆかりの人材
一見無関係と見える二つの人事には、検討していた時期と「サプライズ」効果の他にも、見逃せないつながりがある。植田氏は日銀審議委員を7年務めたが、初めの5年は速水優総裁の任期中だった(残り2年は福井俊彦総裁任期の前半)。速水時代の日銀は、世界初のゼロ金利政策を導入。植田氏は、政策の長期的な継続をあらかじめ約束して市場に予想を促し、政策効果を高める「時間軸効果」(フォワードガイダンス)の理論を考案してこれを支えた。速水から「将来、総裁候補になってもいい才能」と称賛されたという。予言が当たったというより、むしろ当時の高い評価があったればこそ、今回の候補者リストに入ったというべきだろう。
一方、稲葉氏は速水時代に改正日銀法が施行された当時の改革派リーダー。新たな金融政策手法を次々と試み、政府に対する日銀の独立性を示す剛腕で鳴らした。時の大蔵大臣は宮沢喜一。岸田氏の前に宏池会(現岸田派)会長として最後に首相を務めた同じ広島県出身の縁戚である。しかも稲葉氏は、宮沢喜一のおいで地盤を継いだ宮沢洋一自民党税制調査会長と東京教育大(現筑波大)付属中学・高校の同級生。その線で推薦されたとみられている。
二つの人事が地下茎で通じているのは偶然なのか。そんなはずはあるまい。世間に「サプライズ」と映った二つの人選は、岸田氏の手の内を凝視すれば、宮沢蔵相時代の有能な日銀スタッフ・ブレーンを、四半世紀ぶりでひのき舞台に呼び戻したという意外なからくりが透ける。一つの内懐から、世間が忘れていた「隠し玉」をここぞとばかりに取り出したのが、「サプライズ」の種明かしというわけだ。そこからうかがえるのは、名門宏池会の歴史と人脈に対する余人の理解を超えた頑固なこだわりとプライドである。
「決めたのは俺だ」と殊更に誇示したがるのも、その表れだろう。NHK会長も日銀総裁も、岸田氏は公表前に自民党の麻生太郎副総裁と茂木敏充幹事長に直接会って「お二人の意見をよく聞いて適任者を見つけました」と自ら告げている。ただし、名前はぎりぎりまで明かしていない。麻生氏は両人事とも独自の人選案を陰に陽に働きかけていたが、終わってみれば塀の外でやきもき騒ぎ立てただけで、直接的な政治力を行使できていない。かつて「大宏池会」再結成という「お家乗っ取り」策を企…
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週刊エコノミスト
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