教養・歴史エコノミスト賞受賞者が考える 日本経済の処方箋

コロナがあぶり出した日本の“劣後” 人への投資でイノベーション型経済を 大竹文雄

日本経済の処方箋/11 新型コロナへの政策対応は日本の技術力、経済力の低下を顕在化した。優秀な若者の優遇や既存労働者のリスキリングで「創造的破壊」を促すべきだ。

 新型コロナウイルス感染症の経験は、私たちが思っていた以上に、日本経済の技術力が世界から遅れてしまっていたことを認識させた。まず、外国の多くはPCR検査体制をすぐに拡充していったが、日本では検査能力が足りないということが感染初期に生じた。日本の場合は、インフルエンザの抗原検査キットによる検査が中心でPCRを使わなかったことや他のアジア諸国のようにSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)といった感染症が拡大しなかったことも理由にはある。それでも、PCRという生物学ではごく当たり前に使われている装置が、保健所や検査機関に十分にないというのは衝撃だった。

 次に、新型コロナのワクチン開発が外国で即座に行われ、感染拡大から1年もしない間に実現されたが、日本の製薬メーカーは新しい技術に全く対応できなかった。同様のことは、新型コロナウイルス感染症の治療薬についてもいえる。さらに、デジタル化の遅れである。

「高い技術力」の幻想

 外国では新型コロナの接触確認アプリがすぐに開発され、感染拡大初期に拡大を抑制するために使われた。しかし、日本で開発された接触確認アプリ「COCOA」は利用率も低く、感染拡大を抑制する効果は小さかった。緊急事態宣言などの行動制限による所得を保障するためにさまざまな支援金や定額給付金も、支給することが非常に遅れた。諸外国では即座に対応されているところが多かった。学校についても、オンライン授業に対応できた公立学校は少なかった。

 韓国や台湾といった東アジア諸国と比べても日本の対応の遅れが目立った。しかし、新型コロナの対応で明らかにされた技術の社会実装のレベルは、日本と韓国・台湾では既に逆転が生じていることを示していた。実は、技術の社会実装だけではなく、1人当たりGDPでみた生活水準も2022年には台湾に追い抜かれたし、23年には韓国に追い抜かれると日本経済研究センターの富山篤、田中顕氏らが22年の研究で予測している。彼らによれば、「円安による目減りもあるが、労働生産性の伸び悩みが響く。労働力人口1人当たりの資本ストックを表す資本装備率も、日本は低迷する一方で韓台は着実に積み上げてきた。機械設備など有形資産への投資だけでなく、研究開発などの無形資産への投資も日本は韓台に後れを取っている」という。

 フィリップ・アギヨン氏らの『創造的破壊の力:資本主義を改革する22世紀の国富論』(22年、東洋経済新報社)によれば、韓国がキャッチアップ型経済からフロンティア・イノベーション型経済による成長に転換できた原因はアジア通貨危機だったという。「IMF(国際通貨基金)は韓国に対し外国直接投資の自由化を求め、外国人投資家による韓国企業への出資の上限は1997年に26%から50%へ、98年には50%から55%へ引き上げられた。IMFはまた、独占禁止法の大幅な強化と厳格な運用も要求する。その結果、危機前と98〜00年とを比べると、是正勧告の件数は3倍に増え、反競争的慣行に対する罰金額は25倍になった。こうした措置によって、韓国経済は国内でも国外でも競争への道のりを歩み始めることになる」。逆に、それまでキャッチアップ型経済成長を続けていた日本が、85年以降に成長率が低下した理由は、競争を制限することでキャッチアップ型経済からイノベーション型経済への転換に失敗したからだとアギヨン氏らは指摘する。

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