働き方改革で失われる日本の優位性 人材の育成と活用には時間がかかる 高木朋代
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日本経済の処方箋/12 日本の人事管理システムを現在ではあしき慣行とみる向きもあるが、働き方改革が叫ばれている今こそ振り返るべきではないか。
すでによく知られている通り、日本人の就業意欲は高く、高齢期に差し掛かってもその意欲が衰えることはない。その理由として、諸外国からは、年金等の社会保障給付水準が低く働かざるを得ないからだと指摘されてきた。だが、この見解は我々日本人にとって合点がいくものだろうか。
これまでさまざまな国の労働現場を調査してきたが、日本人のように誇りと情熱をもって仕事の達成をストイックに追求する国民性をみたことがない。欧米諸国の調査研究で出会った勤労者の多くは、高い賃金と昇進、休暇が重要な関心事項であって、希望がかなわないと素早く見切りをつけて転職を繰り返し、短期的な視点で自身のキャリアを値踏みする人々であった。
結果、高い地位と年収を得る人がいる一方で、中高年になっても低技能・低賃金職を転々としている人々がいる。その層は、就学から就職への接続が円滑に行われ、若年期から着々と技能や知識を積み上げ高齢期まで働くことが一般的な日本の労働社会では想定し得ないほどのボリュームとなっている。英独仏などの欧州諸国では熟練人材の不足があらゆる分野で深刻化し、2000年代から高度専門人材を受け入れる移民政策を展開するまでに至ったが、いまだにこの問題は解消されてはいない。
日本的人事管理とは
日本人の勤労観が生み出された背景を探るならば、そこには、戦後の高度経済成長期を通じて醸成され現代まで受け継がれてきた、産業界の独自性がある。それを生み出し、支える働き手を、安定的かつ着実に育む特徴ある人事管理の手法が確立されたということができる。
日本の産業界における他国を凌駕(りょうが)する独自性とは何か。きめこまやかで信頼できるサービス、高い信用度を誇る高品質な製品群は、あらゆる産業・業種に 共通して世界から認められている。そうしたサービスや製品群をつくりだす質の高い人的資源は、日本の産業界全体における競争優位ということができよう。
この日本特有の人事管理の本質とは何か。それは正社員として雇用契約を結ぶことによって果たされる「労働力内部組織化」に関する理論から解くことができる。図のように、日本の人事管理はこの労働力内部組織化の優位性を最大限に享受できるよう忠実に具現化され、ひとつのシステムとして日本経済の発展を支えてきた。
こうした日本的人事管理システムを現在ではあしき慣行として否定的にみる向きがあるが、その見方は観念的で、理論的あるいは実証的にその根拠が具体的に示されたことはない。
明らかなことは、このシステムの中で、自身の仕事に真摯(しんし)に取り組む勤勉で真面目な勤労観が育まれ、日本の労働者は時として模倣すべき手本とみなされるまでに至ったことであろう。労働力内部組織化の優位性を最大限に引き出す日本の人事管理において、その土台にあるのは「長期的視点で見据える」という時間軸である。したがって、このシステムに短期的視点を持ち込んでもうまくはいかない。
現在日本は、雇用・就業の仕組みを大きく変革させようとしている。多様な働き方の拡大や、兼業・副業の奨励、成果に応じた処遇に向けた法整備はその一例である。
短期志向の働き方
しかし、昨今議論されている多様とは、正社員が多様な条件で働くことよりも、むしろ非正規や非典型労働と称される働き方を包括的に指すものと見てとれる。これらの層が拡大していくことは、前述の人事管理システムの中には入ってこない、つまり、企業からの育成投資…
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週刊エコノミスト
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