教養・歴史書評

歴史の深層にふれるなら、歴史家の叙述より歴史小説 本村凌二

 大文豪の名にふさわしいトルストイは、歴史家に対する批判者でもあった。「歴史家とは、誰も尋ねていないことをただ書き並べているだけだ」とは痛烈きわまりない。それだけではなく、『戦争と平和』は歴史の実像とはこういうものだと書き示したのだから、凄(すご)いの一言。

 歴史家の叙述は、そこに生きる人間の姿や生活の現実となると、なにか物足りないものがある。優れた歴史小説であれば、どこか歴史の深層にふれた気分になれる。そこで2冊。

 一つは、トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』(小林惺訳/岩波文庫、佐藤朔訳/河出文庫)である。舞台は1860年、千人隊を率いたガリバルディ上陸に動揺するシチリア。最高位の名門貴族サリーナ家のドン・ファブリーツィオ公爵の運命と名門貴族の有為転変を描いたもの。イギリス貴族のような公事にかかわる「身分の高い者の社会的責任(ノブレス・オブリージュ)」の精神の持ち主とは異なる「高等遊民」。その生と死への感受性の鋭さがまぶしいほどだ。

 だが、両シチリア王国の敗退と滅亡、新イタリア王国の誕生、公爵に対する上院議員への推挙申し出とその拒絶の経過という歴史の背景があり、若い男女の恋の成り…

残り466文字(全文966文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事