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「為替は予想できない」の誤解を解く 2023年の円高はすでに終わった 吉田恒

昨年10月には1ドル=150円台まで円安が進んだが Bloomberg
昨年10月には1ドル=150円台まで円安が進んだが Bloomberg

 昨年10月の1ドル=151円の円安が一転して、今年は円高に振れた。円高はまだ進むという予想に筆者は循環論で反論する。

為替相場には“循環する習性”がある

 為替相場では、2022年10月にかけて、1990年以来、実に約32年ぶりとなる1ドル=150円を超えるドル高・円安が起きた。それでもまだまだ「通過点」に過ぎないといった見方も少なくないが、その後は一転して急激なドル安・円高へ向かうところとなった。

 このように「止まらない円安」から一転「止まらない円高」といった具合に激しい値動きが続いた中で、「やはり為替相場の予想は難しい」「予想できない」といった声を聞く。しかし、それは誤解だということを今回は述べたい。為替相場には株式相場などとは違う、「一定の範囲内を循環する」といった独特の習性があり、それを理解しないと「予想できない」となってしまうのではないか。

 図1は、80年以降のドル・円相場を過去5年の平均値である5年MA(移動平均線)からの乖離(かいり)率にしたものだ。これを見ると、ドル・円相場は基本的に5年MAからプラス・マイナス3割の範囲内を循環してきたことが分かるだろう。

 80年以降というと、40年以上もの長期間になる。その中で、ドル・円相場は1ドル=約250円まで上昇(ドル高・円安)したこともあれば、逆に1ドル=100円を大きく割り込み、75円まで下落(ドル安・円高)したことも経験した。それでも、こんなふうに5年MA乖離率で見ると、基本的にプラス・マイナス3割の範囲内の上下動を繰り返してきたわけだ。

 さて、22年10月にかけてドル・円相場は1ドル=150円以上に上昇したが、これは5年MAを3割以上上回る動きだった。80年以降で、同じように5年MAを3割以上上回ったのは、98年と15年の2回あったが、この2回とも5年MAを3割以上上回ったところで、ドル高・円安は終了した。

 以上のように見ると、22年10月にかけてドル・円相場が1ドル=150円以上に上昇し、5年MAを3割以上上回ったところで、ドル高・円安終了となったのは、基本的にはこれまでと同じで、要するに限界に達したためだろう。

 なぜドル・円相場は、こんなふうに一定の範囲内の循環を繰り返してきたのか。それは、為替相場の独特といってよさそうな要因の影響が大きかったのではないだろうか。

 22年にドル高・円安が約32年ぶりの1ドル=150円を超える水準まで広がる過程で、「悪い円安」との指摘が増えた。物価高と円安が同時進行すると、輸入物価の上昇を通じ物価高をさらに加速させるため、「円安は悪」と感じるのも分からなくはない。ただし、事実としては円安は輸出にとってプラスに働くことや、外国人の日本への旅行、つまりインバウンドにおいて有利になるなどのメリットもある。

 要するに、円安も円高も、デメリットだけということはなく、常にメリットも存在する。このため、円安でも円高でも、相場が行き過ぎるほど、今度は逆方向に戻ろうとするエネルギーが強まり、この結果一方的な動きは制御され、一定の範囲内を循環するといった為替相場独特の習性が続いてきたということではないだろうか。

 ただし、このような「一定の範囲内を循環する」といった為替相場の習性への理解が足りないと、円安でも円高でもそれが長引くほどに、「これは既に過去に経験したことのない未知なる動きではないか」といった声が増えてくる。

 相場変動の説明は、基本的に循環論と構造論に大別される。このため循環的変動が行き過ぎるほどに、それを構造論で説明する動きが増えるのが、これまでも常だった。

 例えば、図1で98年や15年の円安のケース、そして22年の円安でも、循環的な円安が行き過ぎの限界を超えそうになると、「構造的円安論」が増えてきた。すなわち、「これは日本経済の構造が円安をもたらしやすくなった結果なので、経済構造自体を変えない限り円安は終わらない」といった考え方が基本だろう。

構造論の落とし穴

「経済構造を変えなければ、円安は終わらない」と言われると、とても1~2年では円安は終わらないといった感じになるが、しかしこれまでのところ22年10月の1ドル=151円で円安は終止符を打ったようになっている。

 そもそも循環的変化と構造的変化では、対象とする時間が異なる。数カ月から数年といった短中期の相場変動は基本的にはすべて循環的変化になる。構造的変化とは、例えば人口動態など数十年以上もの長い時間をかけて変わっていくことに対して使われるものだ。そのような構造論で、為替相場の循環的変化を説明すること自体が間違いだろう。

 その結果、22年のような循環的に行き過ぎた円安の限界を超えそうな動きになったところでは、構造的円安論が登場することになる。しかし、それは後から振り返ると、中長期的な円安の限界圏で、一段の円安を予想するといった致命的な間違いが起こりやすいリスクがあったということだ。

 22年10月に1ドル=151円でドル高・円安が止まると、11月以降は一転して急激なドル安・円高の動きが広がった。それは、22年12月に日銀が円金利上昇を抑制してきた政策を一部見直したことをきっかけに一段と拡大、23年に入ると一時は1ドル=130円を大きく割り込む動き(ドル安・円高)となった。

円安へ

 こういった中で、ほんの数カ月前までの円安予想から大きく変わり、23年中に1ドル=120円を大幅に下回るような一段のドル安・円高に向かうといった予想も増えた。「日銀の金融緩和は大きく変わらないと思っていたが、どうやら政策転換に向かう可能性が出てきた。そうであれば、円高ももっと進むだろう」といった考え方が基本のようである。

 改めて、図1の5年MA乖離率を見ると、1ドル=130円以下までドル安・円高になっても、なおドル・円相場は5年MAを1割以上上回っている。その意味では、まだまだ22年にかけて起こった「行き過ぎたドル高・円安」が是正される途上にあるようだから、そういった観点からすると、確かにドル安・円高はまだ途上の可能性があるだろう。

 ただし、もう少し短いスパンで見ると、違ったイメージが浮かび上がる。

 図2は、ドル・円相場を過去90営業日の平均値である90日MAからの乖離率で見たものだ。これを見ると、ドル・円相場は基本的に90日MAプラス・マイナス1割の範囲内を循環するパターンを繰り返してきたことが分かる。その上で、23年に入り1ドル=130円を大きく割り込んできたところで、同乖離率はマイナス1割近くまで拡大していった。これを見ると、数カ月といった短期間のドル安・円高としては、かなり行き過ぎ懸念が強まったとみえる。

 今回と同じように、90日MA乖離率がマイナス1割前後まで拡大したのは、00年以降では02年に1度、そして「リーマン・ショック」が起こった08年に3度、以上20年余りで4回しかない。

 基本的にこの4回のケースは、短期的に行き過ぎたドル安・円高が一段落すると、その反動で比較的大きくドル高・円安に戻した。その上で改めてドル安値、円高値を更新するまで半年から1年以上といった長い時間を要した。

 以上、90日MA乖離率の点で、今回と類似した過去のケースを参考にすると、ドル安・円高はこのまま1ドル=120円割れに向かうのではなく、短期的な行き過ぎの反動からむしろ比較的大きくドル高・円安に戻す可能性もあるのではないか。

為替と株式の予想は違う

 米国が利上げをすると、普通はドル高になる。ところが、既にそれまでドルが大きく上昇し、循環的にはドル高の限界に達していると、「米利上げでもドル安」となるケースがある。それを見て「為替は難しい、予想なんて無理」との声が上がることも多い。22年11月以降に、実際に目の当たりにした光景だっただろう。

 ただそれは、既に見たように5年MA乖離率では、ある程度説明が可能なものだった。

 今回述べてきたように、為替相場には短期的にも中長期的にも一定範囲内を循環するといった習性がある。その理解がなければ、為替予想は難しくなる一方で、理解することで予想の可能性が高まるだろう。

 要するに、為替相場は株式などの相場予想とは違うということ。それはもちろん、どちらがよいという話ではなく、まず「違う」ことを理解する必要がある。

(吉田恒、マネックス証券チーフ・FXコンサルタント)


週刊エコノミスト2023年3月14日号掲載

ドル・円 「為替は予想できない」の誤解を解く 2023年の円高はすでに終わった=吉田恒

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