教養・歴史学者が斬る・視点争点

政策設計のカギは消費者目線 村上佳世

 自由な選択で「つかう責任」を果たせるか。消費者目線で環境や資源を巡る問題を考える。

価格か品質表示か 問題の質と人間の特性をつかめ

 モノやサービスの「価格」と「品質」に関する情報は、市場における人々の選択を左右する。値段が100円だった商品が150円に値上がりすれば、人は購入量を減らすか、買わなくなる。また、品質情報から期待できる便益が価格以上だと思えば購入するし、そうでなければ購入しない。

 経済学者はこの行動メカニズムを政策設計に利用する。環境政策でいえば、炭素税は二酸化炭素(CO₂)の排出量に応じて原油、石油製品、石炭などに課税するもので、CO₂の排出が多い製品の値段を高め、CO₂の排出が少ない製品の値段を下げる。結果として人々の行動を低炭素型に変えることを狙っている。

 CO₂排出のコストを負担しなくてよい社会では、高炭素型のプロセスで生産・販売される90円の製品Aと、(追加的な管理費用を要する)低炭素型のプロセスで生産・販売される100円の製品Bを比べたとき、Aのほうが価格優位性をもつ。ここに炭素税を導入して、CO₂排出のコストに関する情報を金銭に換算して徴収できれば、高炭素型の製品Aが割高(例えば105円)に、低炭素型の製品Bは割安(例えば100円)になり、多くの人が自然に低炭素型の製品Bを選ぶようになる。

 CO₂排出のコストは次世代や世界中の他者を含む広範囲に及ぶので、製品購入の際に個々の消費者が直接感じるものではない。炭素税はそのような長期的かつ広範囲に及ぶ社会的影響に関する情報を「炭素価格」として「見える化」することによって、短期的な費用(便益)として市場での企業や個人の選択に反映させる仕組みだ。このような方法を「価格アプローチ」と呼び、経済学では伝統的な政策手段として位置付けてきた。

 別のアプローチもある。商品に貼るマークに「エコラベル」と総称されるものがある。環境に関する「エコマーク」、海洋資源の「海のエコラベル」、森林資源の「FSCラベル」など、生産、流通、販売の際、環境や社会に与える負荷が少ない商品であることを示すマークである。つまり、品質に関する情報を新たに開示することで、製品価値に対する人々の期待に影響を与えて、行動変容を促す仕組みだ。価格は変えず、品質情報の内容や与え方を工夫することから「非価格アプローチ」という。

 製品AとBについて限られた情報しか開示されず同じモノにしか見えないなら、多くの人は安いほうを選ぶ。例えば、「値段が90円の製品AはCO₂排出量が150グラム」「100円の製品BはCO₂排出量が5グラム」といったようにCO₂排出量に関する情報が開示されるとする。温暖化を危惧する消費者のうち「CO₂排出量が145グラム少ない商品に10円多く支払う価値がある」と思う人は製品Bを割高でも購入する。製品AとBがCO₂排出量という品質で差別化されるからだ。炭素税のような価格アプローチとの大きな違いは、非価格アプローチでは消費者が購入するたびに商品に貼られたマークを見て「CO₂排出のコスト」を評価して選択するという点だ。

 炭素税…

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週刊エコノミスト

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