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教養・歴史 学者が斬る・視点争点

「リスクを移転」する金融工学の今後 山田俊皓

AT1債の処理を巡って波紋が・・・・・・(スイス・チューリヒのクレディ・スイス本社)(Bloomberg)
AT1債の処理を巡って波紋が・・・・・・(スイス・チューリヒのクレディ・スイス本社)(Bloomberg)

 ファイナンス理論では、将来のリスクを回避するには相応のコストがかかる。AT1債もそうした理論に基づいて価格付けされていた。

クレディAT1債全損の皮肉

 スイス金融大手クレディ・スイスの突然の救済合併は、金融ビジネスの現状に関してさまざまな省察を与えた。それは、金融システムの問題だけでなく、リスクの回避・移転に関する問題も含まれる。後者の問題は、理念的にも技術的にも金融工学や数理ファイナンスという学問に関係する。現に、クレディ・スイスの救済過程で全損処理された資本性のある高利回り債券「AT1債」の仕組みや価格付けは、この学問分野で扱われているものだ。

 金融工学・数理ファイナンスはリスクを扱う分野であるため、何か将来予測をして行動を決めようとする学問と捉えられることもある。しかしこれは間違いで、端的にいってこの分野では予測はしない。将来予測とは似て非なる理論を考えるのが目的だ。ファイナンス理論の理想は「どのようなシナリオが起きても」損をしない方法を考えること、つまり完全なリスク回避だ。しかし、完全なリスク回避ができて、もうかるような都合のいいことはあるのだろうか。

 ファイナンス理論には「無裁定」(ノーアービトラージ・ノーフリーランチ=タダ飯は食えない)という原則がある。これは無から有は生まれない、タダでもうかるうまい方法があれば皆が殺到して、結局そんな機会はなくなる、との前提に基づく。従って、将来のリスクを回避して得をする方法があれば、相応のコストがかかることになる。その方法や商品を設計し、コストを見積もるのがこの分野の役割だ。コストをかければ将来のリスクを回避できるわけだから、コストとはリスク回避を実現する商品の理論価格ともいえる。

 この分野では将来のリスクを数理的に記述する枠組みとして確率論の方法を使う。つまり、今から考え得る全世界として「確率空間」というものを考え、その世界の中で無裁定という前提の下、リスク回避を実現する方法や商品を作り出し、その値段を算出する。確率空間という舞台は、将来起こり得る「全部のシナリオ」と、いろいろなシナリオを束ねた「将来イベント」と、その将来イベントに0~100%の確率を付与する数学的計測器(専門用語では「測度」〈measure〉と呼ぶ)を備える。

無裁定理論で価格付け

 この「測度」のイメージとしては、漫画家・鳥山明の代表作「ドラゴンボール」に登場する、敵の戦闘能力を瞬時に自動計測して見える化してくれる機械「スカウター」のようなもの、またはメガネのような形をしていて、そのメガネをかけてイベントを計測するとそのイベントが起こる確率について0~100%の数字(割合)が映し出されるといったものだ。

 神のみぞ知る計測器もあるだろうが、そんなものは誰も持っていない。数学的計測器にはさまざまなものがあり、それ故にある将来イベントをある計測用メガネで測れば50%だが、同じイベントを別のメガネで測れば45%となることもある。中には意味のないポンコツな計測用メガネもあるだろう。

 さて「タダ飯は食えない」という「無裁定」の考えに基づいて数学的な…

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