米国「債務上限問題」の裏にある民主党・共和党の本当の対立 中岡望
現在、アメリカの政治が直面する最大の問題は、財務省証券の発行限度額引上げ問題である。議会が債務上限の引き上げを認めない場合、財務省は財務省証券の新規発行ができず、資金不足に陥る。そうなると、政府機関の閉鎖、公務員給与の支払い遅延、医療保険などの支払い不可などが起きるだけでなく、財務省証券の利払いもできなくなる。
利払いができなければ、財務省証券はデフォルト(債務不履行)に陥り、金融市場が大混乱に陥る可能性がある。外国人投資家が保有する財務省証券を大量に売却し、価格の暴落やドル金利上昇という事態を起こしかねない。2022年12月末時点で財務省証券の22%は外国人投資家が保有している。ちなみに23年1月時点で日本は最大の財務省証券保有国で1兆1044億ドルに達している。2位は中国で8594億ドルである。
デフォルトという事態を回避するため、イエレン財務長官は1月13日にマッカーシー下院議長に宛てに書簡を送り、債務限度額の引き上げを要請した。イエレン長官は5月22日にもマッカーシー議長に書簡を送り、「議会が債務限度額の引き上げを認めなければ、6月の初め、早ければ6月1日にも財務省は政府債務の支払いができなくなる」と、債務限度額の引き上げを再び要請した。
バイデン大統領はG7広島サミットが終わると、オーストラリアなど他の外遊予定をキャンセルしてワシントンに戻り、5月22日にマッカーシー議長と債務上限を引き上げを巡る交渉を行った。だが、両者は妥協点を見いだせず、アメリカ政府が「財政破綻」に陥る懸念が高まっている。
「債務上限問題」をめぐる争いは繰り返されてきた
そもそも「債務上限」とは何か。財務省証券の発行限度額は議会によって定められており、その限度額を超えて財務省証券を発行するためには議会の承認が必要である。現在の限度額は21年12月15日に設定された31.38兆ドルである。すでに23年1月に財務省証券の発行額は限度額に達している。財務省は年金積立金の取り崩しなど“特別な措置”を講じて資金を捻出し、デフォルトを回避してきた。しかし、それも限界に近づきつつある。
債務上限の引き上げは、既に決まった政策を執行するために必要な資金を調達するための措置であり、もともと政治的な争いの対象になるような性格のものではない。事実、1960年以降、議会は債務限度額を78回引き上げている。そのうち49回は共和党政権下で、29回は民主党政権下で引き上げられた。きわめて機械的に処理されてきた問題なのである。
かつては、会計年度ごとに議会が限度額を設定してきたが、第1次大戦以降、政府の財政の自由度を高めるために、財務省は議会が設定した限度額に達するまで自由に資金調達ができるようになった。
そもそも予算が成立しているのに、予算執行の資金調達を承認しないのは整合性に欠けるという問題もある。そのため1979年には議会規則に「ゲッパート・ルール」が加えられ、予算が可決された時点で債務上限の引き上げは自動的に承認されたと見なされるようになった。
だが、債務上限引上げ問題をめぐっては対立が繰り返されてきた。「ゲッパート・ルール」は95年に共和党によって廃止され、再び債務上限引き上げ問題が政争の具になった。歳出削減を主張する共和党は共和党政権の時は債務上限の引き上げに賛成するが、民主党政権の時には反対するなど極めて党派的、対立的な行動を取ってきた。
その対立が最も端的に表れたのが2011年の危機である。上下両院は共和党が多数派を占め、債務上限引上げの条件として、当時の民主党オバマ政権に財政赤字削減を求めた。政府と共和党の交渉は固着状態に陥り、格付け会社のS&Pは、財務省証券の格付けを引き下げ、株価が暴落する事態に発展した。オバマ政権の間、共和党の反対によって債務上限問題は繰り返し起きた。
マッカーシー下院議長に影響を与える「フリーダム・コーカス」
債務上限引上げ問題の背後には民主党と共和党の政策の対立が存在している。福祉政策の充実を求め、財政拡張を主張する民主党に対して、福祉予算の削減と財政均衡を求める共和党は予算を巡って対立を繰り返してきた。
昨年11月の中間選挙で下院の過半数を獲得した共和党議員のなかの保守派議員は、債務上限引上げ問題を争点とし、バイデン政権に圧力を掛けるべきだと主張していた。その急先鋒に立っていたのが「フリーダム・コーカス」と呼ばれる、保守系の草の根運動ティーパーティー派の流れをくむ財政保守派の議員集団である。彼らは下院議長選挙の際、共和党のマッカーシー議員の議長選出のキャスチングボートを握り、マッカーシー議員にフリーダム・コーカスの主張を大幅に飲むよう妥協を迫った。
「フリーダム・コーカス」がリードする共和党は、4月に下院で借り入れを制限する法案を可決させ、その中で2024会計年度(23年10月~24年9月)の政府の資金調達の限度額を22年度水準に制限する条項を盛り込んだ。現在、議会では予算案が審議されているが、この条件が満たされない限り共和党は政府の予算案を拒否すると主張している。
マッカーシー下院議長も「来年度、歳出を拡大することはできない。今年度以下の規模にしなければならない」と、債務上限引き上げを拒否することでバイデン政権に歳出削減を求めている。バイデン政権は歳出規模を23年度と同じ水準に凍結するという妥協案を提案したが、共和党はこの提案を拒否している。
政府案を達成するためにも歳出削減が必要になる。政府案では防衛関連予算の凍結が含まれている。だが共和党は福祉関連の非軍事関連予算の削減を要求し、お互いの間で妥協点を見出すのは難しい状況にある。民主党は赤字削減のために富裕層の増税や税の抜け道を塞ぐことで歳入を増やすことを主張しているのに対して、共和党は福祉予算を中心に歳出削減を主張している。議会で12本の歳出法案が成立しなければ、政府は予算が組めない。だが、現状では下院で歳出法案が可決される可能性は低い。共和党は24年度の予算を人質に債務上限引き上げを拒否しているのである。
妥協点を見いだせなかったバイデン・マッカーシー会談
このような状況の下で妥協点を模索するため行われたのが、5月22日のバイデン大統領とマッカーシー下院議長の会談だった。マッカーシー議長はバイデン大統領との会談後、「我々は非常に良い議論を行った」と語っているが、具体的な成果は出せないままに会談は終わった。ホワイトハウスのスポークスマンは「信じられないほど厳しかった。両者は望んでいるものをすべて手に入れることはできないと理解しなければならなかった」と会談の様子を説明している。共和党の関係者は「依然として大幅なギャップが存在する」と、交渉の難しさを指摘している。現時点では、次回の会談の予定は決まっていない。マッカーシー議長は、もう一度、電話で交渉する」と語っている。
イエレン財務長官の言う「Xデー」は迫っている。共和党の中には6月1日は本当のデッドラインではないと楽観論を主張する議員もいる。だが時間的余裕がなくなりつつあることは間違いない。もしアメリカがデフォルトに直面した場合、非難の的になるのは共和党か、それともバイデン政権か。どちらが最初にゲームから下りるか、チキンゲームの様相を示している。