分断時代のサプライチェーンは制度への信頼で組み替えられる 冨浦英一
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日本経済の処方箋/19 新型コロナやロシアのウクライナ侵攻で世界経済は分断の危機に直面しているが、世界的な供給網の組み替えで克服することは可能ではないか。
国境を越えて立地するサプライヤーを連ねた供給網(グローバル・サプライチェーン、以下GSC)は、米国による大幅な対中関税引き上げ、新型コロナウイルス感染症の蔓延(まんえん)、ロシアのウクライナ侵攻によって、供給途絶の不安に次々とさらされている。上昇が続いていた日本の製造業の海外生産比率も頭打ちとなった。変貌してしまったグローバル経済の中でGSCの今後をどう展望すべきだろうか。
世界の貿易は、大戦後に拡大が長期にわたり持続し、米ソ冷戦の終結、インターネットの世界的な普及に続き、巨大な低賃金労働力を持った中国のWTO(世界貿易機関)加盟を契機に、今世紀になって拡大は加速した(図)。
海外直接投資(FDI)の著増だけでなく、途上国のサプライヤーを巻き込んで企業の境界と国境をともに越える海外アウトソーシングが新たな国際分業形態に加わり、世界貿易の約半分はGSC関連となった。
日本の強みを生かす時
しかし、近年は中国の賃金上昇や政策変更もあって、中国をグローバル経済に組み込んだプラスの効果はひとまずくみ尽くされた状態になり、コロナ禍以前から、中国を含めても世界貿易の拡大ペースは明らかに減速していた。
確かにモノの貿易の拡大は減速したが、サービスの貿易や国境を越えたデータの移転は拡大を続けている。
知的財産(知財)に係る貿易の2010年代の推移を図に示したが、サービス貿易の増勢は著しい。グローバル化の終焉(しゅうえん)というよりも、モノの貿易一辺倒のグローバル化から、サービス、知財、データといった無形の取引にグローバル化の主役がバトンタッチしつつある。
外国で事業を行うFDI企業には高い生産性が要求されるが、親会社が無形資産の比重が高い多国籍企業の場合には生産性があまり高くなくても子会社はFDIを行う傾向がある(Tomiura and Kumanomido,Review of International Economics 2023年)。無形の情報が企業のグローバル展開に重要であることを示唆している。
供給途絶の不安からGSCを国内に組み込む国内回帰の主張もあるが、国内生産が割に合うほどまでに低い日本の賃金が国民にとって望ましいかは疑問であるし、東日本大震災を上回る南海トラフ巨大地震が今後30年以内に発生する確率は7、8割とされ、日本に生産を集中するリスクは高い。
「世界の工場」中国における集積から享受できるメリットは減り、多くの国々に散らばる末端サプライヤーの軍事転用や人権侵害までチェックするコストも増すので、分散化しても効率的なGSCをデジタル技術も駆使して構築する必要がある。
無形資産を伴う複雑・高度な事業活動を行う立地を決める要因として、モノの生産・輸送コストの安さよりも、契約や所有権を支える法制度の信頼性が重要になってきている。
この点で日本の法制度は、腐敗、不正、恣意(しい)的運用から縁遠く、信頼性への国際的評価は高いと誇ることができるのではないか。14年に出版した拙著でもこの点を指摘したが、制度・システムにまで及ぶ米中対立を経て、その重要性はさらに高まった。
英国も加わるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を日本が主導し、国際ルール形成に実績が豊富で多くの価値観を共有する欧州連合(EU)とも連携しつつ国際通商の規律を高める流れに期待したい。
また、製造業の財輸出をその財に一体化した業務の輸出に変…
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週刊エコノミスト
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