経済・企業 2023春闘
年度後半に実質賃金も上昇率プラスへ 不安材料はサービス価格アップ 斎藤太郎
賃上げ率が30年ぶりの3%台となった2023年春闘。今後、サービス価格が上昇すると、悩ましい問題となる。
連合の「2023春季生活闘争 第4回回答集計結果」では、2023年の平均賃上げ率が3.69%と30年ぶりの高さとなった(図1)。例年8月ごろに厚生労働省から公表される春闘賃上げ率は22年の2.20%から大きく上昇し、1994年(3.13%)以来の3%台となることがほぼ確実となった。80年以降で春闘賃上げ率が前年に比べて最も大きく改善したのは、81年の0.94パーセントポイント(80年6.74%→81年7.68%)だったが、23年の改善幅は1パーセントポイントを超える可能性が高い。
筆者は1年前の22年5月時点で、23年の春闘賃上げ率を2.30%と予想していた。賃上げの前提となる22年度の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)の見通しは2.0%であった。しかし、実際には企業の価格転嫁が想定以上のペースで進んだことなどから、22年度の消費者物価上昇率は3.0%まで上振れた。物価上昇ペースの加速によって実質賃金の目減りが強く意識されるようになったことから、労働組合は賃上げ要求水準を大きく引き上げ、多くの企業がそれに応えた。物価上昇率、賃上げ率ともに筆者の想定を大きく超えるものとなった。
春闘賃上げ率が約30年ぶりの高さとなったことを受けて、賃金上昇率は足元の前年比1%程度から23年度入り後には2%台まで高まるだろう。22年4月から続く実質賃金の下落は23年度入り後もしばらく続くが、消費者物価上昇率の鈍化が見込まれる23年度後半には実質賃金上昇率がプラスに転じることが予想される。
持続性に疑問符
現時点では、賃上げの進展は個人消費の拡大をもたらし、このことが持続的な賃上げにつながることをメインシナリオとしている。ただし、賃上げの持続性については不確実性が高い。
23年の春闘では、大企業については当初から賃上げ率が大きく高まることが見込まれていた一方、収益環境の厳しい中小企業では賃上げが進まないことが懸念されていた。連合の集計結果をみると、中小企業の伸びが大企業の伸びを下回っている点は従来と変わらないが、企業規模にかかわらず賃上げ率が前年を大きく上回っている。
賃上げが大企業だけでなく中小企業でも大きく進展したこと自体は前向きに捉えることができる。しかし、必ずしも今回の賃上げが収益に見合ったものとなっていない企業が多く存在する可能性があることには注意が必要だ。
企業収益が全体として堅調を維持していることは確かだ。日銀短観の経常利益(全規模・全産業)は19年度に前年度比9.6%減と8年ぶりの減益となった後、20年度は新型コロナウイルス感染症の影響で同20.1%減と急速に落ち込んだが、21年度に同42.7%の大幅増益となり過去最高水準を更新し、22年度も同7.9%の増加が見込まれている。
だが、22年度は大企業・製造業、大企業・非製造業が増益を続ける一方、中堅企業・製造業、中小企業・製造業が減益、電気・ガス、宿泊・飲食サービスが赤字となるなど、規模や業種によってばらつきが見られる。
日銀短観で経常利益が赤字の社数割合を確認すると、18年度の10%程度から企業収益が急速に悪化した20年度には20%程度まで急上昇した。赤字社数の割合は21年度、22年度とやや低下したものの、15%程度で高止まりしている。
企業収益のばらつきに対して、賃上げは横並びの傾向が見てとれる。大企業・製造業を中心とした収益率の高い企業は大幅な賃上げを実施しても収益の確保が比較的容易である一方、収益率の低い中小企業の多くは賃上げに伴う人件費増加に対する耐久力が弱い。
収益環境が厳しいにもかかわらず、横並びで無理に賃上げに踏み切った企業が多かったとすれば、持続的な賃上げには疑問符が付く。
大幅な賃上げを受けて、サービス価格の上昇ペースがどこまで加速するかも注目点のひとつだ。財と比べてサービスの価格は人件費によって決まる部分が大きく、実際にサービス価格と賃金の連動性は高い。
観光需要の急増
欧米の消費者物価上昇率が日本を大きく上回っているのは、原材料価格高騰に伴う財価格の上昇に加え、賃金上昇を背景としてサービス価格も大きく上昇しているためである。その意味では、日本の賃金、サービス価格の低迷は急激なインフレを抑制する役割を果たしてきた面もある。
しかし、先行きについては賃上げ率が大きく高まることで、サービス価格の上昇ペースは加速する公算が大きい。特に、人手不足が深刻となっている宿泊業などの観光関連産業では、インバウンド(訪日客)も含めた旅行需要の急増によって、賃金と物価がともに大きく上昇することが予想される。
下落が続いていたサービス価格は22年8月に上昇に転じた後、23年3月には前年比1.5%まで伸びを高めている(図2)。現時点では、サービスの中では原材料コストの割合が高い一般外食の大幅上昇(23年3月は前年比7.6%)がサービス価格上昇の主因となっているが、今後は賃上げに伴う人件費の増加を価格転嫁する動きが一段と広がることが予想される。これまで長期にわたって値上げが行われていなかった分、サービス価格の上昇ペースは非常に速いものとなる可能性もある。
サービス価格は、原材料コストの変動に左右されやすい財価格とは異なり、安定的な動きをする。このため、賃上げに伴うサービス価格の上昇は安定的で継続的な物価上昇の実現可能性を高める。その一方で、サービス価格の上昇ペースが速すぎた場合、消費者物価上昇率の高止まりから実質賃金上昇率のプラス転化が遅れ、個人消費の下振れリスクが高まる。
また、将来的にはサービス価格が高い伸びとなるもとで、全体のインフレ率が加速した場合には、現在の欧米と同様に金融引き締めによる国内需要の抑制が必要となることもありうる。今後のサービス価格の動向が注目される。
(斎藤太郎・ニッセイ基礎研究所経済調査部長)
週刊エコノミスト2023年5月23・30日合併号掲載
賃金、サービス価格上昇がもたらす不都合なインフレ=斎藤太郎