投資・運用

高まる米国の景気失速リスク 荒武秀至

 経営陣によるリスク管理の失敗、監督当局が規模や複雑さが増したその脆弱(ぜいじゃく)性を評価できなかった、脆弱性の認識後も当局が迅速に問題解決を行わなかった、トランプ政権時代の銀行規制緩和の4点を問題視──。3月に全米16位のシリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻したことを受け、米連邦準備制度理事会(FRB)は4月28日、原因や当局の監督・規制を検証する報告書でこう総括した。

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 資産1000億ドル(約13.4兆円)以上の大手行は、総資産に占める割合(2022年末)は「貸し出し58%、債券25%」だが、SVBは「貸し出し35%、債券55%」。満期保有債券は満期まで保有すれば元本は償還されるため、断続利上げによる債券利回り上昇(価格は下落)でも影響は受けないはずだった。しかもSVBの保有債券のうち満期保有債券の割合は78%と、大手行の42%より高い。

 だが、SVB預金の51%が新興テック企業からの大口預金で、預金保険対象外の割合が94%と大手行の41%より高かったことが災いした。テック企業への出資者が投資先企業に、SVBが抱える債券の含み損が増えたため、預金引き出しを助言したことがSNS(交流サイト)で広がると、取り付け騒ぎが加速。預金引き出しに対応すべく満期保有の債券を売却せざるを得なくなり、含み損が実現損になった。

 監督当局の不備も指摘されている。コロナ感染の巣ごもり需要でSVBの連結資産は、19年末710億ドルから21年末2113億ドルに急拡大。これに合わせFRBの審査対象も総資産100億~1000億ドルの地銀グループから、同1000億ドル以上(グローバルなシステム上重要な銀行以外)の大銀行グループへ移行し、より厳格な評価がなされるべきであった。しかし、FRBは「満足2」という前回の高い評価を据え置き、翌22年8月時点でもガバナンスだけが「欠陥1」に引き下げられただけだった。

 また、所管のサンフランシスコ連銀の監督官は地銀担当者だけでなく、人手不足から総資産100億ドル未満のコミュニティー銀行の担当者も入ったため、大銀行への厳格な監督が不十分となった可能性がある。

トランプ時代の規制緩和

 トランプ政権時代の18年5月に「経済成長、規制緩和、消費者保護法(EGRRCPA法)」が成立、金融危機の再発防止のために10年に成立したドッド・フランク法が改正され、銀行規制が緩和されたこともSVB破綻の一因と報告書は指摘している。この修正法が成立したため、FRBが強化健全性標準(EPS)を適用する銀行持ち株会社の総資産規模が従来の500億ドル以上から同2500億ドル以上へ引き上げられた。1000億ドルから2500億ドル未満の銀行に対してはFRBの裁量に委ねられ、SVBはこのグループに入っていた。

 SVBの教訓を踏まえ、金融規制・監督の強化は喫緊の課題だ。金利リスクと流動性リスクの管理強化に加え、満期保有債券の評価も検討課題だろう。また、総資産1000億ドル以上2500億ドル未満の大手行に対する規制強化は確実視され、ストレステストの回数・頻度を増やすと同時に、投資目的債券の評価損の計上も2500億ドル以上の巨大銀行と同様の厳しい基準が求められそうだ。

 また、資産が急拡大した場合にFRBが監督する銀行グループを変更して再評価、その結果に応じて迅速な対応が必要だろう。

 FRBが公表する22年末の連結総資産は、3月に破綻したSVBは2090億ドル、シグネチャー銀行は1103億ドル、5月1日に破綻したファースト・リパブリック銀行は2126億ドルと、いずれも総資産1000億ドル以上2500億ドル未満の大銀行グループに入り、EGRRCPA法で規制緩和されたことが裏目に出た形だ。

 全米の銀行数4706行(22年末)のうち、総資産2500億ドル以上の巨大銀行は12行、同1000億ドル以上2500億ドル未満の大銀行は19行(うち3行は破綻し、現在は16行)。一方、全銀行の保有資産に占める割合では、巨大銀行は56%、大銀行は12%と高く、少数の銀行が巨額資産を保有している。08年金融危機の教訓が生かされて巨大銀行の財務・収益は良好であり、その資産が全体の56%もあるので金融システム不安は起こりにくい。

 だが、累積利上げの影響に、銀行規制強化と不良債権の増加に伴う信用収縮が加わることで、年後半の米景気失速のリスクが高まるだろう。注意すべきポイントは4点である。

 第一に米銀の融資基準が個人・企業向けともに厳格化していること。第二に、クレジットカードと自動車ローンの延滞率が22年後半から上昇していること。第三に、今年9月から学生ローン返済が再開するため延滞率の急上昇が予想されること。第四は商業用不動産の価格が昨年7月のピークから今年3月までに1割下落していることだ。巨大銀行と違い、総資産100億ドル以上2500億ドル未満と同10億ドル以上100億ドルの中堅・中小銀行は商業用不動産向け融資が多く、焦げ付きが増えると銀行破綻が今後も続く恐れがある。

 5月3日FRBはインフレを抑制すべく政策金利を0.25%幅引き上げ、5~5.25%とした。ただ、前回までの「追加の政策措置が適切」という表現を声明文から削除し、「追加策が必要か決めるには、これまでの金融引き締めの累積効果や経済や物価に時間差で与える影響を考慮する」と記載し、次回6月会合は利上げを見送る可能性も示唆した。

 パウエル議長は「米銀行セクターの状態は3月からおおむね改善し、健全で強靭(きょうじん)」「ファースト・リパブリック銀行の破綻と売却は、深刻なストレスの時期に一線を引く重要な一歩だった」と金融不安の沈静化を強調した。だがその一方で、「我々は与信枠の状況を注視している。地区連銀経済報告や銀行の融資態度調査からわかるように、中小規模の銀行は与信基準を厳しくしており、これはマクロ経済に影響を及ぼす。その評価を今後の重要な意思決定に反映させる」と述べ、信用収縮の到来に警戒を強める。

(荒武秀至・三菱UFJ国際投信チーフエコノミスト)


週刊エコノミスト2023年5月23・30日合併号掲載

広島サミット 累積利上げと規制強化、信用収縮 高まる米国の景気失速リスク=荒武秀至

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