金価格に“異変” その裏に“非西側”中銀の金買い(編集部)
金の国内価格が騰勢を強めている。国内地金商最大手の田中貴金属工業が販売する金の小売価格は5月10日、1グラム当たり9794円と過去最高値を付けた。日本取引所グループ(JPX)の大阪取引所で取引される金の先物価格も4月下旬以降、連日のように最高値の更新を続ける。国内の個人は今、高値で金の売却に転じるのではなく、むしろ「安全資産」として購入に向かっている。
東京や大阪、名古屋に金を販売する直営店「ゴールドショップ三菱」3店舗を展開する三菱マテリアル。「通常は金価格が上昇すると、(顧客に販売する)小売量より(顧客からの)買い取り量が多くなる傾向だが、今年3月以降は逆の傾向が続いている」(同社)と驚く。また、10キログラム以上を求める「大口購入」の個人・法人が増えている点も、大きな特徴として挙げられるという。
そもそも、世界的に金価格は高値圏にある。国際的な指標価格である米ニューヨーク(NY)金先物は5月4日、一時1トロイオンス=2085.4ドルを付けた。新型コロナウイルス禍のさなかの20年8月7日に付けた、史上最高値の2089.2ドルまであと一息。これに、3月下旬以降に加速した対ドルでの円安が加わり、国内の金価格を押し上げている形だ。
なぜ今、世界的に金価格が上昇しているのか。実は、昨春から金価格を巡ってある“異変”が起きている。金価格はそれまで長く、米実質金利(=米長期金利-期待インフレ率)と逆相関していたのが、その関係が崩れているのだ(図1)。米実質金利が上昇すれば、ドル建ての金価格は下落していたのが、昨春からは下げ幅は限定的となり、むしろ明確な上昇トレンドを描き始めたのである。
大幅な利上げにも……
金価格はドル建てで表示される以上、ドルの価値の裏返しでもある。名目金利である長期金利から、人々が予想する将来のインフレ率(期待インフレ率)を差し引いた実質金利が上昇すれば、ドルの価値は高まるため金価格は下落するのは自然だ。そして、米国でインフレ率の急伸を受け、米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年以降、大幅な利上げを繰り返し、実質金利も上昇をたどっていた。
異変の理由の一つとして有力なのが、中国やロシアなどの中央銀行による金買いだ。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、22年の金現物の需要4706.3トンのうち、中銀の需要は1078.5トンと22.9%を占めた。中銀の需要量としては史上最多だ(図2)。ロシア中銀の金の保有量は22年10~12月、2332.7トンと前年同期比1.4%増、中国人民銀行(中銀)も2010.5トンと3.2%増加した(図3)。
このほか、インド準備銀行(中銀)が787.4トンと4.4%増、トルコ中銀も541.8トンと37.4%増と、積極的な金買いが目立つ。中銀による金需要は21年までの過去10年間、15%を下回り続けていただけに、豊島&アソシエイツの豊島逸夫代表は「今回のような中銀の金買いは需給で見ると極めて大きな出来事であり、実質金利との逆相関関係などその他の要因よりもはるかに強い押し上げ要因になっている」と語る。
きっかけになったとみられるのが、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受けた西側諸国の対露経済制裁だ。その一環としてロシア中銀の外貨準備を凍結し、国際銀行間通信協会(SWIFT)の決済網からロシアの主要銀行を排除した。ソニーフィナンシャルグループの渡辺浩志シニアエコノミストは「米国と関係が良くない国々が次なる制裁の対象になると困るため、外貨準備をドル資産から金へ移している」という。
売却が一転した「転機」
各国中銀はもともと、外貨準備の一部として金を保有するが、東西冷戦の終結によって金を売却する方向に動いていた。大きな転機となったのが08年のリーマン・ショックと、その後の欧州債務危機だ。ニッセイ基礎研究所の上野剛志上席エコノミストは「先進国通貨、特にドルに対する不安感が各国の中銀に広がり、ドルに偏重していた外貨準備を分散化する需要が発生した。その中で無国籍通貨である金が買われた」という。
さらに、20年以降の新型コロナウイルスの感染拡大の影響もある。コロナ禍による社会・経済の混乱を受けて金価格は上昇したことで、「金を加えた方が外貨準備全体の安全性・安定性が高まるということで、中銀が金の購入を増やした」(森田アソシエイツの森田隆大代表)。そうした状況の中で、とどめを刺すようにウクライナ侵攻と西側諸国の経済制裁が起き、非西側主要国の中銀の金買いが加速したというわけだ。
信用力が高く世界で流通するドルが、今すぐに基軸通貨の座を追われるわけではない。しかし、ドルへの過度な依存を避けたいと考える国がじわりと動き出し、それが金価格の上昇として表れている。金とドルを巡る地殻変動は、ゆっくりとだが着実に進んでいる。
(村田晋一郎/谷道健太・編集部)
週刊エコノミスト2023年6月6日号掲載
金&ドル 米実質金利との逆相関 崩れた背景に中銀の買い=村田晋一郎/谷道健太