③日本になじむケインズ政策 前田裕之
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「民」が苦境に陥っているときは、「官」が積極的に関与し、政府支出を増やして「民」を救済するという政策は日本の風土に合っているのかもしれない。
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安倍晋三政権は2012年末から7年8カ月の間に6回、経済対策を打ち出し、「機動的な財政政策」をうたう第2の矢を切れ目なく放った。
初回は就任直後の13年1月で、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」と命名し、震災復興・防災対策、成長による富の創出、暮らしの安心、地域活性化といった項目を盛り込んだ。国費10.3兆円、事業規模は20.2兆円にのぼった。同年12月の「好循環実現のための経済対策」は競争力の強化、震災復興、防災・安全対策などを柱とし、国費は5.5兆円、事業規模は18.6兆円となった。
危機対応策
1年間に2回の経済対策を打ち出したのは異例だが、歴代の内閣による経済対策に比べ国費や事業規模が突出していたわけではない。公共事業の減少に歯止めはかかったが、安倍政権が実行した公共事業の規模は、過去のピークには遠く及ばなかった。
政府が公共投資を増やし、需要不足を補う政策は伝統的なケインズ政策である。バブル経済の崩壊、リーマン・ショックといった経済危機への対応、円高やデフレからの脱却など歴代内閣はさまざまな名目のもとに経済対策という名のカンフル剤を打ち、景気を浮揚させようとしてきた。
日本政府の「ケインズ主義」は、積極的な財政政策と金融緩和で景気を回復させた昭和初期の高橋是清蔵相に源流があるとの指摘もある。「民」が苦境に陥っているときは「官」が積極的に関与し、救済するケインズ政策は日本の風土に合うのかもしれない。
安倍政権は自民党が野党だった12年の与野党合意に基づき、消費税率を14年4月に5%から8%へ、2度の延期を経て19年10月に8%から10%へ引き上げた。19年12月には5回目の経済対策に踏み切り、消費増税の影響を抑え込もうとした。
新型コロナウイルスの感染拡大で世界経済が低迷すると、再び第2の矢の出番となった。20年4月、事業規模が史上最大の117兆円にのぼる「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」を決定した。
7年8カ月の在任期間を通してみると、歴代内閣と同様に随所でケインズ政策に頼ってきたと総括できる。ノーベル経済学賞を受賞した両巨頭、ポール・クルーグマンとジョセフ・スティグリッツがアベノミクスを支持していたのは、主に第2の矢に注目していたためだ。
次第に厳しい評価に
ケインズ経済学によれば、政府支出が増えると有効需要が増え、国民所得が増える。国民所得が増えると一定の割合(限界消費性向と呼ぶ)で消費が増え、新たな有効需要を生んで国民所得がさらに増える。公共投資にはインフラの整備を通じて民間投資を促す効果もある。政府支出が増えると、国民所得はそれ以上に増えていくとみるのが乗数理論である。公共投資を1単位増やすとその「乗数」倍の国民所得が生まれる。
ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)には「もし大蔵省が古いつぼに銀行券をつめ、それを廃炭鉱の適当な深さのところへ埋め、次に都会のごみで表面までいっぱいにしておき、民間企業にその銀行券を再び掘り起こさせることにすれば、もはや失業の存在する必要はなくなる」という有名な一節がある。
当時の英国では、公共投資は民間投資を抑制するので雇用の拡大にはつながらないとする大蔵省の見解が流布し、賃金引き下げを求める声が多かった。ケインズは穴を掘るだけの公共事業であっても失業を減らす効果があると指摘し、大蔵省の見解に異議を唱えた。
現在の主流派の経済学者の多くは、政府の介入をできる限り減らす路線を支持している。日本の高度成長期の公共投資は、東海道新幹線や東名高速道路の整備など民間の経済活動を活発にする効果が大きい投資が多かった。低成長期に入った現在、公共投資を増やしても波及効果は小さく、政府の債務残高が増えるだけだと警鐘を鳴らす。
「安倍政権は途中から経済成長に貢献しない積極財政路線にかじを切ってしまい、財政の大盤振…
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週刊エコノミスト
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