国際・政治政策で学ぶ経済学

④飛ばなかった第3の矢  前田裕之

 規制緩和や自由化を支持する経済学者の期待は失望に変わり、ひときわ中途半端に終わった労働市場改革への不満は大きい。

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 経済学者たちは安倍晋三政権の成長戦略は成果が乏しかったと一刀両断にしがちだ。安倍は成長戦略には不熱心だったのだろうか。

 第3の矢の発射台は2013年6月に閣議決定した「日本再興戦略─JAPAN is BACK─」だ。企業や国民の自信を回復し、「期待」を「行動」へ変えるというキャッチフレーズを掲げ、三つのプランを示した。産業の新陳代謝を促し、雇用制度改革などによって産業基盤を強化する「日本産業再興プラン」、クリーンなエネルギー、次世代インフラの構築を目指す「戦略市場創造プラン」、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などの通商協定、海外市場の獲得による「国際展開戦略」からなり、3本の矢によって、10年間の平均で名目成長率3%程度、実質成長率2%程度を実現すると宣言した。

 以来、安倍政権は日本再興戦略を毎年更新した。17年には「未来投資戦略」に衣替えし、翌年に更新。19年以降は成長戦略の実行とフォローアップ(成果の確認)に注力した。

 当初は規制改革や産業の新陳代謝、国内外の投資拡大に重点を置き、16年以降はビッグデータやAI(人工知能)などを活用する「第4次産業革命」の実現を前面に出すようになった。7年8カ月の間に実行した成長戦略は数多いが、評価は分かれている。

中途半端な労働市場改革

 法人実効税率の引き下げ(30%台後半から徐々に下げ、16年度には29%台に)、コーポレートガバナンス(企業統治)の強化、農協改革や電力・ガス市場の改革といった「岩盤規制」改革、国家戦略特区の導入、TPPの締結などは自由主義やグローバリズムに沿う政策であり、反グローバリズムを掲げる論者は「アベノミクスは新自由主義政策だ」と厳しい視線を注ぐ。

 一方、規制緩和や自由化を支持する経済学者たちは「失業率が低い中では金融・財政政策の効果はあまり期待できない。制度・規制改革で供給面に働きかける成長戦略こそ重要だ」と主張してきた。第3の矢に期待をかけてきたものの、期待外れな結果に終わったとの声が多い。

 とりわけ労働市場改革が中途半端に終わったとの評価が大勢だ。14年の日本再興戦略改定版には「担い手を生み出す〜女性の活躍促進と働き方改革」との文言がある。早い段階から労働市場改革に取り組み、18年、時間外労働の上限規制や、「同一労働同一賃金」などを盛り込んだ働き方改革関連法を成立させた。19年4月以降に順次、施行している。「働き方改革」は日本企業の間で定着し、残業の削減や、女性の登用に注力する動きは広がりつつある。

 ただ、多くの経済学者が望むのは、終身雇用を前提とした日本型雇用制度の変革であり、雇用制度の根幹が変わらない限り、成長産業への労働移動が進まず、労働生産性が向上しないと主張している。経済学者の間では日本の労働市場の流動性が高まれば、労働者は生産性が低い産業から高い産業へと移動し、日本全体の労働生産性が高まる可能性が高いとの見方は根強い。

「国際金融経済分析会合」

 経済学者たちの期待に反し、日本では00年以降、むしろ労働生産性が低いとされるサービス業などの労働者が増えている。日本の労働市場の流動性が高まれば労働生産性が高まるという仮説が正しいのかどうかはさておき、多くの経済学者は労働市場改革に不満を持ち、第3の矢が弱かったと総括している。

 成長戦略の策定が官僚任せになり、安倍の影が薄かったとの証言も多い。安倍は岩盤規制などの規制改革に取り組む意向を強調したものの、任期中に一貫して熱意を注いだ印象はない。14年以降、毎年6月に改定した日本再興戦略には政府が有望とみる産業や技術開発を支援する項目が数多く並び、関係各省の官僚たちが持ち寄る施策の集合体の印象が濃くなった。

 リフレ派直伝の第1の矢、自民党の伝統芸でもある第2の矢に比べると、安倍の第3の矢に対する思い入れはそれほど強くなかったように見える。

 そんな安倍のスタンスを象徴する…

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週刊エコノミスト

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