教養・歴史政策で学ぶ経済学

⑤「新しい資本主義」の経済思想 前田裕之

 岸田文雄首相が打ち出した「新しい資本主義」の意義を経済学の視点から読み解き、アベノミクスとの関係を整理する。

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 安倍晋三の退任後、菅義偉はアベノミクスを継承する意向を明確に示した。岸田文雄は「新しい資本主義」の旗を掲げる一方、アベノミクスの基本路線を継続した。日銀は安倍、菅、岸田の3政権の下で異次元緩和を継続し、2023年4月で10年が経過した。20年の新型コロナウイルスの感染拡大、22年2月から始まったロシアによるウクライナ侵攻は世界経済の姿を大きく変化させ、インフレーションが加速している。日本でも物価が上昇し、異次元緩和の「出口」を巡る議論も活発になった。

 本稿では、岸田が打ち出した「新しい資本主義」の意義や経済に与える影響を経済学の視点から読み解き、アベノミクスとの関係について整理する。

株主資本主義への厳しい視線

 岸田は23年1月の施政方針演説で「世界のリーダーと対話を重ねる中で、多くの国が新たな経済モデルを模索していると強く感じた。権威主義的国家からの挑戦に直面する中で、市場に任せるだけでなく、官と民が連携し、国家間の競争に勝ち抜くための経済モデルだ。私が進める新しい資本主義は、この世界共通の問題意識に基づいている」と説明した。

 新たな経済モデルとは、強靭(きょうじん)なサプライチェーン(供給網)を維持し、気候変動や格差などさまざまな社会課題を解決するためのモデルであり、社会課題の解決と経済成長を同時に実現するとの目標を示した。

 これに続き、新しい資本主義を実現するための具体策として、物価高対策、構造的な賃上げ、「投資と改革」を挙げた。投資と改革の中には、国が20兆円規模の先行投資を実行し、民間のグリーントランスフォーメーション(GX)を促す枠組みの創設、イノベーション(技術革新)を起こすための研究開発投資の支援、スタートアップ(起業)の育成、資産所得倍増プランなどを盛り込んでいる。アベノミクスの成長戦略と重なる部分も多いが、官主導の色彩が一層、濃くなっている。

 岸田は首相就任前の21年6月、「新たな資本主義を創る議員連盟」を立ち上げ、初会合には約150人の議員が参加した。設立趣旨書の冒頭には「近年、国内外において、成長の鈍化、格差拡大、一国主義・排他主義の台頭、国家独占経済の隆盛など、『資本主義』の価値が揺らいでいる」との文言がある。資本主義の価値が揺らいでいる要因の一つが、株主資本を最優先する政策だと指摘し、企業の利益を従業員、顧客、取引先、地域社会といった多様なステークホルダー(利害関係者)に適切に分配するよう求めている。株主資本主義とも呼ばれる現状に対する厳しい認識が根底にある。

主流派の3命題

 21年10月、首相に就任した岸田が「新しい資本主義」の実現を政策の中心課題として掲げたとき、多くの経済学者は反発した。株主資本主義を批判し、株主以外への分配を重視する姿勢は「新しい資本主義というより古い社会主義だ」といった声も出たほどだ。

 主流派経済学の体系の中では、企業が株主への分配を最優先するのは当然の行為だからだ。新自由主義を信奉するミルトン・フリードマンはかつて、「企業の唯一の社会的責任は利潤を増やすことだ」と主張した。企業は株主のものであり、企業が利潤を増やす努力をせずに社会貢献活動などにおカネを回すのは、株主のおカネを盗んでいるに等しいと断じたのだ。

 フリードマンの皮肉交じりの表現に注意が向きがちだが、主張している内容自体は主流派経済学の考え方に沿っている。東京大学名誉教授の岩井克人によると、主流派経済学は、会社を株主の所有物だとみなす「株主主権論」、経営者は株主の代理人だとみる「経営者代理人論」、企業の目的は利潤の最大化だと考える「利潤最大化論」の3命題を基本に据えている。

 岩井は「フリードマンは個人企業(オーナー企業)と、法人企業である会社を混同し、理論的な誤謬(ごびゅう)に陥った」と批判する。オーナー企業であれば、企業の資産はオーナーの所有物だが、会社の株主は会社資産の所有者では…

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