⑥源流を知る/1 主流派が描く成長戦略 前田裕之
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政府が民間より早く成長産業を見極め、適度な財政資金を投入できる可能性は低いとみる主流派が求めるのは、投資税制の優遇や労働市場の規制緩和などだ。
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本連載では、安倍晋三政権の経済政策、アベノミクスに焦点を当て、アベノミクスを構成する金融政策(リフレ政策)、財政政策と成長戦略を支える経済理論に言及してきた。今回からは経済政策全般を対象に、裏付けとなる経済理論や仮説を概観する。
三つの経済政策
経済政策には、経済成長を促す政策(成長政策=アベノミクスの成長戦略に該当)、景気を安定させる政策(安定化政策=アベノミクスのリフレ政策と財政政策に該当)、所得・資産格差を是正する再分配政策の主に3種類がある。経済政策の中核をなすのは、成長政策と安定化政策だが、本連載では経済活動に大きな影響を及ぼす再分配政策も経済政策の一種とみなして効果を探る。
三つの経済政策のうち、どれに重点を置き、どんな方法を取るべきなのか。経済学の草創期から現在に至るまで経済学者たちは論争を繰り広げてきた。今回は成長政策を巡る議論を取り上げる。
企業の設備投資、個人消費などからなるマクロ経済は常に変動している。経済が右上がりで成長している国であっても不況期はあるし、経済が低迷している国でも好況期が全くないわけではない。
経済学では、経済の変動をトレンドとサイクルの2種類に分けて捉えようとする(図)。トレンドとは、労働生産性や人口動態といった要因で決まるマクロ経済の成長経路を指し、サイクルとはトレンドに沿って短期間で変動する動きを指す。トレンドを研究対象とするのが「経済成長理論」、サイクルを研究対象とするのが「景気循環理論」である。
現代の主流派経済学(新古典派経済学)はトレンドの動き、伝統的なケインズ経済学はサイクルの動きに注目して議論を展開する傾向がある。
「ルーカス批判」
新古典派を代表する理論が、ノーベル経済学賞を受賞したノルウェー出身のフィン・キドランドと米国出身のエドワード・プレスコットが1980年代に生み出した「リアル・ビジネス・サイクル(RBC)」理論である。
RBC理論によると、技術の進歩やエネルギー供給の変化など実体を伴う要因が景気変動を引き起こす。個人や企業は常に合理的に行動しているため、「均衡状態」にあり、効率的な資源配分を達成している。景気変動はトレンドからの乖離(かいり)ではなく、トレンドそのものの移動によって起きる。
この仮説が正しいとすれば、仮に失業率が上昇したとしても、経済は均衡状態にあるのだから、政府が民間の経済活動に介入する必要はない。
新古典派の経済学者は、「代表的な」個人や企業の行動に焦点を当て、個人は効用(満足度)、企業は利潤を最大にすると仮定してマクロの経済現象を分析しようとする。個人や企業の行動を分析するのはミクロ経済学の役割だが、ミクロ経済学の分析手法を応用すれば、マクロの経済現象も分析できると考えるようになった。
この流れを決定づけたのは、ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者、ロバート・ルーカスである。ルーカスは「個人や企業が政策の変化を察知して行動を変えてしまうと、政策の効果は限りなく小さくなる」と主張し、不況時には政府が金融・財政政策を打ち出すべきだと説くケインズ経済学を厳しく批判した。この「ルーカス批判」は経済学界に大きな影響を与えた。「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」が必要だとの認識が広がり、伝統的なケインズ経済学が退潮となる契機となった。ルーカス批判を踏まえたRBC理論から、政府の介入は無効だという結論が出てくるのは当然だ。
トレンドの変動は潜在的な成長力の変動が原因だとすれば、成長の原動力となる「資本」、「労働」、「技術」の3要素を伸ばすしかない。仮に失業や遊休施設が存在したとしても、ケインズ政策は有効ではない。衰退産業に滞留している労働者や設備が成長産業に移動すれば潜在成長率が高まり、失業率は低下するはずだ。
どう考える高度成長期
それでは、政府が成長分野を見極め、補助金などを投じて成…
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週刊エコノミスト
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