教養・歴史書評

劇的でないからこそ印象に残る拒食症を“歩き抜けた記録” ブレイディみかこ

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 あるママ友から、摂食障害で入院している娘について相談されていたこともあり、『涙を食べて生きた日々摂食障害 体重28.4㎏からの生還』(道木美晴著、今日マチ子画、二見書房、1815円)が刺さった。英訳があったら、彼女に渡して読ませてあげたいと思ったぐらいだ。

 摂食障害に関する本といえば、改善メソッドや治療法、家族を対象とした支援マニュアルなどが存在する。が、本書は当事者が10年以上にわたる自らの歴史をつづったもので、「克服記」というより、「歩き抜けた記録」である。摂食障害を経験した人でなくとも、十代の不安定な時期に何かに躓(つまず)き、苦しんだ経験のある人なら共感できる本だと思う。

 タイトルから察すれば、涙に満ちたウエットな本のように思える。が、著者の筆致はどこか乾いていて、客観的に自分を振り返っている。特に高校1年生で拒食症になり、入院したときの経験を記している最初のほうは、起きたことが淡々とそのまま書いてあり、彼女がどうして拒食症になったのかはよくわからない。

 本書に独特のグルーヴがかかってくるのは、彼女が自分の行為(そして自分自身)を猛烈に汚いと思うようになる過食期を終え、最終章に入ってからだ。「回復期」と題された章のわりには彼女の苦しみは終わっていないのだが、ここでようやく読者は、彼女が十代の頃にどうして執拗(しつよう)に痩(や)せたいと思ったのか、その直接の原因を知らされる。それは劇的な出来事ではない。どこにでもある日常的なシーンだ。「地獄の始まりは、こんなにもちっぽけでつまらないものだったのか」と著者は書く。そこにいた人は誰も悪くなかった。善意も悪意もそこには介在しなかった。それが彼女に認識できるようになったのは、病から回復したからではなく、成長したからだ。

「私には、摂食障害を克服するということが、以前と同じ食生活に戻ることだとはどうしても思えない。変え…

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週刊エコノミスト

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